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その日はレオリオの誕生日。
二人っきりで過ごしたいという彼の意向で、クラピカは朝から
一歩も外出せず、普段通りに二人の部屋で、普段よりも
少しだけ甘い時間を過ごしている。
レオリオはクラピカの膝枕で耳掃除をしてもらいながら、
どっぷりと幸せにひたっていた。
「幸せだなぁ」
小春日和の心地よさと、愛しい彼女の膝の感触に蕩けながら
レオリオは大昔の青春歌謡曲のような台詞をつぶやく。
それを聞きながら、クラピカは苦笑した。
「右側終わり。逆向いて」
「んー」
身体を反転させるついでに、レオリオはクラピカの腰に手を回す。
「こら、どこを触っている。手元が狂うではないか」
「んー」
しかし幸せ者に聞く耳は無く、更に力を込めて抱きしめると、
クラピカの腹部に顔を押し付け、ぬけぬけとのたまった。
「なー、エッチしたい」
「昼日中から何を言っている」
「したいー」
いつもならここで殴り倒すクラピカだが、今日ばかりは手を
上げず、溜息と共に一言だけの忠告にとどまる。
「今するなら夜しないぞ」
「……やめときます」
効果覿面。
レオリオは彼女の服の下に伸ばしかけていた手を引っ込め、
おとなしく寝転がる。
そんな単純なところが、クラピカには可愛くさえ思えた。
母性本能にも似たものを感じながら、クラピカは耳掃除を続ける。
携帯電話もインターフォンも電源を切っているので、周囲はとても
静かだ。
本当に、世界に二人だけしかいないように錯覚してしまう。
「はい、お終い」
「サンキュ」
しかし両耳の掃除が終わっても、レオリオは起き上がらない。
「レオリオ、済んだのだが」
「もう少し、こうしててくれよ」
レオリオは目を閉じ、それでもクラピカの腰に回した腕はほどかず
懇願する。
この幸せな体勢を変えたくないらしい。
「もう……困った男なのだよ」
言葉とは裏腹の感情 を込めて、クラピカは顔を下げ レオリオの
頬に口接けた。
あふれる愛しさと幸福感が、なかば無意識に行動させる。
レオリオは嬉しそうに微笑い、離れかけたクラピカの頭を捕らえると、
再び顔の上に下ろした。
今度は、互いに真正面から。
「……次は何をして欲しい?」
唇が離れると、ささやくようにクラピカが問う。
「今日は特別だから、何でもしてやるぞ」
「…何でも?」
「何でも」
レオリオは念を押すが、これ以上を望むのは贅沢ではないだろうか。
大好きな相手に愛されて。一緒に暮らして。キスをして。
夜には最大の楽しみも控えているし、他に何をと言われても―――
いろいろと考える内、レオリオの思考は現実から遊離してゆく。
我が世の春に浮かされていたせいかも知れないが、やがて思いも
よらぬ言葉を発した。
「…子供。オレの子、産んで欲しいなぁ」
「――― わかった」
間髪入れず返って来た返答に、レオリオは一瞬、言葉の意味を理解
できなかった。
「へ?おい、今なんて……」
「承知した と言った」
振ったのは自分のくせに、レオリオは目と口をぱっくりと開けて固まる。
そういう返事が来るとは予想していなかった。
しかしクラピカは夕食のリクエストを受けたかの如く平然と受け答える。
まるで以前から予期していたかのように。
「だが今日中には無理だ。あと2〜3年は待つのだよ」
「クラピカ……」
驚きの表情だったレオリオが、次第に照れ笑いへと変わってゆく。
上体を起こし、間近で彼女の瞳を見つめた。
「マジで産んでくれるのか?」
「ああ、勿論。…お前の子なら、私も欲しい」
レオリオは嬉しさのまま、クラピカを抱きしめた。
「愛してるぜ、クラピカ」
「私もだ」
そして再びキスをする。
いつもより甘く、そして熱く。
文字通り肌で感じる情熱に戸惑いながら、クラピカは釘を刺した。
「レオリオ、今日ではないのだよ」
「うん。近い将来だな」
もう一度、キスをする。
大学とか生活とか、様々な現実からはずれた会話だけど。
二人で決めた、二人の未来の、かすかな階(きざはし)。
金糸の髪を指先で撫ぜながら、レオリオは至上の幸福を実感せず
にはいられない。
しみじみと、誰にともなく本音が漏れる。
「……オレ、こんなに幸せでいいのかなぁ〜」
「それは私のセリフなのだよ」
涼やかな声が笑って言った。
これから先も幸せでいる為に、
今よりずっと幸せになる為に、
今日という日がある。
だからどんなに辛い事があっても、
「今まで生きてて良かったぜ」
愛しているから、
「お前が生まれて来てくれて良かったのだよ」
心から感謝する。
――― Happy Birthday
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