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(―――――― !!)
深夜、レオリオは叫びをあげんばかりに飛び起きた。
胸の中では激しく動悸が響き、冷たい汗が額を濡らしている。
即座には現実に戻れなくて、呆然と闇を凝視していた。
「……どうした?」
振動で目が覚めたのか、または異変の気配に気付いたのか、
隣で眠っていたクラピカが声をかける。
「…………」
レオリオは大きく見開いた目をクラピカを向けた。
そして無言のまま、観察するように視線を走らせる。
「…レオリオ?」
不審に思い、クラピカは身を起こす。
ほぼ同時に、レオリオはクラピカにすがりついた。
「なっ、何を…」
思わず、あらぬ予測に身構えるクラピカだが、彼はそれ以上の
行為には及ばず、じっとしている。
「……良かったぁ……」
つぶやきと共に安堵の溜息を漏らすレオリオに、クラピカは事情を
察して苦笑した。
「何だ。悪い夢でも見たのか?」
「……ああ、本当に夢で良かったぜ……」
常に楽観的なレオリオが、まるで幼い子供のように怯えている。
その珍しい様子に、クラピカはつい気になって問いかけた。
「…どんな夢だ?」
「…………。よく覚えてねぇんだけど…」
レオリオはクラピカを抱きしめたまま、先刻までいた世界を手繰る。
目覚めた瞬間、悪夢の記憶は薄れていた。
それでも夢の中で、絶叫するほど不快な思いをしたのは確かだ。
――― ものすごくイヤな光景を見た気がする。
とても驚いた。同時に悔しく、悲しかった。
そして腹が立った…………ような気がする。
さまざまな感情が爆発して。
――― いや、爆発が先だった。
レオリオは片手を下ろし、クラピカの腕を取る。
「…爆発が起きたんだ。それで誰かの…、 ……手が…」
皆まで言えず、レオリオはクラピカの手を自らの顔に寄せる。
「夢で……良かった。ちゃんと有るよな………」
そう言って、愛おしげに口接けた。その手が確かに存在している事を
確認するかのように。
「当たり前だろう。…そのような内容の映画でも見たのではないか?」
「そうじゃねぇけど…」
「子供のようだぞ、レオリオ」
クラピカは優しい口調でたしなめる。
そして、なだめるように彼の頭を撫ぜた。
静謐な室内に、時計の音だけが規則正しく響く。
それは止まる事を許さず進みゆく『現実』という世界の足音。
「……なぁ、クラピカ」
やがて落ち着いたのか、レオリオは静かに口を開く。
それでも腕の中のクラピカから手を離そうとはしない。
「何だ?レオリオ」
レオリオは少しだけ体を離し、クラピカの目を正面から見つめる。
「お前……無茶なマネは絶対にするなよ」
「…ああ、わかっている」
「ケガなんかするなよ」
「わかっている」
口先だけとわかってはいても、約束させずにはいられない。
たまにしか会えない恋人は、そばを離れたら常に危険と隣り合わせ。
今しがた夢で見たように、身体を損ねない保障は無いのだ。
大概の傷は念で治せると知っていても、不安でたまらない。
「約束だぞ。…お前の体は、お前一人だけのモンじゃねぇんだからな」
その言葉に、ふとクラピカの目が丸くなる。
レオリオは更に続けた。
「お前が傷ついたら、オレが悲しむ」
「レオリオ…」
「お前の両親が悲しむ。ゴンやキルアが悲しむ。お前を知ってる人間が
皆、悲しむ」
「…………」
「だから………大事にしてくれよ、な……?」
泣きそうな顔をして覗きこむレオリオに、クラピカは胸が痛む。
死を恐れない気持ちは今も変わらない。
目的の為なら手段を選ばないと、決心もしている。
だが自分を心配してくれる彼の思いも、とても大切だから。
「……承知した」
偽証ではない。
自分が傷ついたら、彼が悲しむ。
この体は、彼が大切に思い、愛してくれている物。
それは充分すぎるほどわかっている。
だから、自分を大切にしなくてはならないのだと。
「クラピカ……」
「案ずるな。約束する」
安心させるように、クラピカは優しく微笑する。
それを見て、レオリオもやっと表情をゆるめた。
「…ごめんな。こんな時間に起こしちまって…」
「気にしないのだよ。もう一眠りしよう」
「……もう一泊しねえか?」
「お前の方こそ、無茶を言っているではないか」
一瞬、視線が出会い、二人は苦笑する。
「そうだったな……悪かった」
二人は、どちらからともなく唇を合わせた。
そして再びベッドに横になる。
互いの手を、しっかりと握り締めて。
「おやすみ、レオリオ」
「おやすみ…クラピカ」
明日には離れ離れになってしまう愛しい相手。
せめて一緒にいられる今夜は、穏やかな眠りを得て欲しい。
もう悪い夢を見ませんように。
そう祈りながら目を閉じる。
どうか、大切な人が決して傷つかないように。
そして、大切な人を悲しませる事が無いように―――
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