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勉強の合間の息抜きにと街へ出たレオリオは、道に迷っていた
子供と若い母親に遭遇し、持ち前のフェミニズムと親切心から、
彼等を目的地まで送って行った。
感謝する母親がぜひお茶をと言うので、むげに断るのもこの国の
男の気概に関わると思い、ついOKしてしまった。
それが大きな間違いだったのだ。
(まいったなぁ……)
建物の外観からはわからなかったが、さすがに室内へ入れば
レオリオにもわかる。
そこは、某新興宗教の事務所だったのだ。
迷える母子を送り届けたレオリオは、今や彼自身が囚われの仔羊。
ぶっちゃけて言えば、キャッチセールス。
謝辞から始まった会話は、いつのまにか というより、当然のように
勧誘へと変わっている。
四方の壁には教祖のポスターや怪しげな図模様、異国の意味
不明な言語を羅列した紙がベタベタと張られ、窓のカーテンは
昼間だというのに閉ざされていた。
外部から切り離された空間と化した部屋の中で、既に一時間近く
説得攻撃を受けている。
レオリオは舌先三寸が得意ゆえ、うまくかわして逃げようとした
のだが、ホームタウンで信者数人に囲まれていては、なかなか
難しい。
「あのなー、だから、さっきから言うように、オレそーいうの興味
ないって言ってんじゃん」
「だからこそお勧めしているのです。貴方のように親切な方こそ
救済されるべきなのですから」
「救済ったって、別にオレ助けられたいとか思ってないし」
「いいえ、地獄に堕とされてからでは遅いのです。我々は一人でも
多くの人を救う為に活動しているのですから」
入室してからずっとこの調子で、スマートに断ろうとするレオリオの
努力はまったく通じず、一方的に入信を押しつけて来る。
いい加減うんざりしている彼だが、敵もさるもの、囲んでいるのは
若い女性ばかりなので、強引に蹴散らして逃げ出す事もできない。
今回ばかりは、レオリオにとって最大の切り札であるハンター証も
使えない。撃退どころか逆に、その肩書きの持つ権力を狙って
食い付きが激しくなると容易に想像できたので、市井の一学生で
通すしかなかった。
「これも教祖様のお導きですわ。きっと私は貴方を救済する使命を
受けた為に道を見誤っていたのです」
レオリオを連れて来た女は、自分のセリフに酔いきっている。
今となっては、道に迷った云々も怪しく思えた。もしや彼女らは
新たなカモを連れて来る為に迷子を装っていたのではないかと
疑ってしまう。
「とにかく一度、教祖様の説法を拝聴なさって下さい。必ず開眼して
幸せになれますから」
「遠慮するよ。オレ別に不幸でもねーし」
レオリオはなかば投げやりに拒絶するが、信者は更にたたみかけて
来た。
「それはいけません。貴方のような方には、ぜひ幸せになって
いただきたいのです」
「だからぁ、オレは充分幸せなんだってば」
「仮に今、貴方が幸せだと思っていても、実はそうではないかも
知れないでしょう」
「……幸せか不幸かは、オレ自身が決める事だろ?なんで他人の
あんたらが判断するんだよ」
信者の言葉に少しカチンときて、レオリオは低めの声で言い返す。
正論だとわかっているのか、信者は一瞬言葉を失ったが、こういう
論争は慣れているのだろう。すぐに説得の続きに入った。
「確かにそうですが、今の幸せがこの先も継続するとは限りません。
そうならないよう我々は、貴方の幸せを守る為に……」
――― ぶちっ。
レオリオは元々、堪忍袋の緒が長い方ではない。
先刻から話の通じないイライラが蓄積していたが、遂に切れた。
ガタン!
事務所中に響く大きな音を立てて、レオリオは椅子から立ち上がる。
193cmの男に見下ろされ、周囲を囲んでいた女性信者たちは思わず
たじろいだ。
それでもレオリオは、怒鳴ったり暴れたりはしない。相手が何者で
あろうと、女性に暴力はふるわないのが彼の信念だから。
その代わり、思いっきり凄みをきかせたまなざしで睨み据える。
「悪ぃけど、オレにはもう唯一絶対の神がいるんだよ。すげー美人で、
怒ると真っ赤な目ぇして天誅くれる、怖ーい女神様がな。浮気なんか
したら殺されちまう」
「……は?」
「??」
「女神…?」
「それに自分の幸せくらい自分で守る。あんたらの助けなんか
いらねぇよ。んじゃな」
そう言って、レオリオはスタスタと事務所を出る。
呆然とした信者たちは、彼の後を追えなかった。
(うっかり親切心なんか出すもんじゃねーなー)
時刻はもう夕暮れ。
台無しになってしまった休息日に、レオリオは大きな溜息をつく。
しかしあの若い母親が美人だったことも、声をかけた理由の一つな
わけで。
下心は無かったが、美女に惑わされた自覚はあるから、つくづく
凹んでしまう。
「ホント、浮気なんかできねーわ」
する気も無いけど、と内心でフォローを入れつつ、レオリオは苦笑
する。
――― その時、不意に彼の携帯が鳴った。
届いたのは短いメール。
けれどレオリオは、その差出人と文面に目を見張った。
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前略 レオリオ
元気にしているか?
勉強ばかりでは健康を害するぞ。
たまには息抜きをするがいい。
だが調子に乗って羽目をはずすなよ。
愚行は必ず己に跳ね返るからな。
クラピカ |
しばし固まった後、レオリオはクックックッ……と忍び笑いをもらす。
「……ほらな、女神様は何でもお見通しだぜ」
おそらくは偶然。それでも、あまりのタイミングの良さに、笑わずには
いられない。
レオリオは携帯を手にしたまま、クラピカが住む国の方角へ向かい、
敬意を込めて拝礼した。
――― 愛しい女神様。オレは貴方しか見ていませんよ。
浮気なんか、死んでもしません。
生涯、貴方の信奉者です。
そう誓い、液晶画面にキスをする。
壁紙は、彼の愛する女神の写真。
「……浮気なんか、してる暇ねーよ」
早く医者になって、念を会得して、彼女の手助けをしたい。
何の見返りもいらない、ただ彼女の為だけに。
――― 彼女を幸せにしたいから。
それは愛情という名の信仰。
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