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やわらかな陽射しを感じて、レオリオの意識が浮上する。
確か、ホテルのカーテンは遮光性だったはず。
不思議に思いながら目を開けようとした時、何かが聞こえた。
「………Please, Smiling in the morning sun……」
それは、か細い声で紡がれる音律。
朝の静寂に包まれた室内を、ひそやかに流れてゆく。
「From that place of golden Behr……」
(クラピカ…?)
歌い主は考えるまでもない。昨夜、共に過ごした相手。
彼女が歌を歌っているという珍しい事態に、レオリオは興味と共に
わずかな悪戯心を覚え、眠っているふりをしたまま毛布の影から
様子を見た。
窓辺のチェアに腰掛けているクラピカは、レオリオが目覚めた事
には気付いていないらしく、ぼんやりと歌を続ける。
「It is very fearful of fate which is decided as the pull of
one sheet of cards……」
少し開いたカーテンからは早朝の太陽光が差し込んでいた。
その光に照らされて浮かび上がるクラピカの横顔が、レオリオには
幻のように儚く映る。
「Even if it knows that it is a illusion in the eternity to
murmur each other in the corner at the space………」
寂しそうな表情に見えたのは、気のせいではない。
口ずさむ歌詞が、心情を如実に現れていた。
「Please, Smiling in the morning sun……」
「クラピカ」
不意に名を呼ばれ、クラピカは驚いたように振り返る。
「起きていたのか?…ああ、起こしてしまったのかな。すまない」
レオリオは起き上がり、クラピカのそばに歩み寄った。
「今の歌は?」
「…聴いていたのか。昔、クルタの村で聞き覚えた曲の一節だが、
半分は即興なのだよ。忘れてくれ」
クラピカは恥ずかしそうに苦笑する。しかし次の瞬間、その瞳が
丸くなった。
いきなり、レオリオに抱きすくめられて。
「…どうした?レオリオ」
「なぁ、オレはここにいるぜ」
「え?」
「『永遠に』なんて無責任な事は言えねえけど、『今』は、
確かにお前のそばにいるからな」
「レオリオ……」
「いつでも、お前を抱きしめてやる。こんなふうに」
静かな声ながら、彼の腕には力がこもっている。
クラピカが歌っていたのは、手に入れた愛をも いつか失うかも
知れないという、先の見えない運命に対する不安。
そんな哀しい想いをさせたくなかった。
いつも、いつまでも一緒にいて、愛してゆきたいと想っている。
幸せにしてやりたいと、切に願っている。
その一心で。
優しく強く抱きしめる。
「愛してるぞ」
「…私もなのだよ、レオリオ」
クラピカはレオリオの広い背中を抱き返す。
優しいぬくもりは、確かな感触で伝わった。
クラピカは、同胞を無残に喪い ひとり残された時、その運命を
恨まずにはいられなかった。
そして次には、立ち向かう事を決めた。
皮肉で残酷な自分の運命。だけど、たった一つだけ感謝している。
それは、彼と出会えたこと。
「今度、オレの故郷の歌を教えてやるよ」
「それは楽しみだな…」
二人は抱き合ったまま、その場を動かない。
ベッドサイドでは、時計の針が無粋な音を立てている。
一緒に居られるのは、あとわずか。
「レオリオ……飛行船の時間は?」
「忘れた」
二人は顔を見合わせて笑った。
レオリオはクラピカを離さぬまま、椅子に腰掛ける。
「もう少し、こうしていようぜ」
「……そうだな」
心のまま、クラピカは素直に同意した。
彼の腕に身を任せ、広い胸に頬を寄せる。
愛という、形の無い存在を繋ぎとめるように。
この一瞬一瞬こそが、二人にとっては永遠。
それは朝の光の結界に守られた、醒めない夢。
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