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レオリオが目覚めた時、時刻は夜明け時。
閉めきったカーテンに光を遮られ、薄暗い視界の中、間近に
金色の髪が見えた。
クラピカはいまだ夢の中らしく、規則的な寝息をたてている。
昨夜は深夜過ぎまで眠らせてもらえなかったから、当然と言えば
当然だが。
その原因たるレオリオは、穏やかな寝顔を眺めながら満足そうに
微笑した。
瞳を閉じていると、クラピカは実年齢よりもずっと幼く見える。
無防備で、無邪気で、子供のようにあどけない面影に愛しさが
増し、そっと額に口接けた。
クラピカは聞き取れない程度の声を漏らし、無意識に擦り寄ると
再び眠りの奥底へと戻ってゆく。
その際、レオリオの腕を敷き込んでしまった。
だけどレオリオは動かない。下手に起こしてクラピカの安息を
乱したくないから。
望まぬ仕事に就き、忙しく務めているクラピカは、おそらく
勤務期間内にぐっすり眠った事など無いはず。
せめて二人でいる間は、安らぎに満たしてあげたかった。
腕が痺れてゆくのもかまわず、レオリオは二度寝に入る。
今から寝たら、きっと朝食時間をオーバーして半怒りのクラピカに
叩き起こされるだろう。
それでも良かった。
クラピカが自分より先に起きるのなら。
――― 以前にも、今回と同じく久しぶりに再会し、夜を共に過ごした
事がある。
その翌朝レオリオは、クラピカより早く目覚めてベッドを出た。
彼は起床後、まずシャワーを浴びて髭を剃るのが習慣である。
しかしその日はクラピカと一緒という事もあり、いつもより念入りに
鏡に向かっていた。
やがて身繕いを完璧に済ませ、上機嫌でバスルームを出る。
だが次の瞬間、ハッとして足が止まった。
シンと静まりかえった部屋の中、クラピカはベッドの上で、毛布に
くるまって座りこんでいる。
思わず、泣いているのかと疑った。
彼の気配に、俯いて金の髪に隠れていた顔が振り返る。
レオリオの目に飛びこんだのは、まるで捨てられた子猫の表情。
不安と寂しさで壊れそうなまなざし。
普段のクラピカとは別人のような影の薄さに、息が止まる。
「……なんだ、浴室に行っていたのか…」
レオリオの存在を認識すると、安堵まじりの淡い微笑に戻った。
おそらく本人は気付いていない、無意識の本心の表れだったの
だろう。
途端に、レオリオの胸は激しい後悔に締め付けられた。
クラピカを残して寝室を離れた事を心底から悔やむ。
誰だって、体温を分け合った相手が翌朝、目を覚ました時に
姿を消していたら寂しく思うはず。
まして『たった一人で取り残された』経験を持つクラピカならば
尚更だ。
冷たくなった寝床で目を覚ましたら、どんな気がする?
――― バカだった。
配慮が足りなすぎた。
昨夜さんざん甘い台詞を囁いておきながら。
クラピカを一人ぼっちで置き去ってしまった。
その事実に責めたてられ、彼の方こそ泣きそうな顔で駆け寄り、
無言で抱きしめ続けた為、クラピカにはずいぶん不思議がられた
のだが。
この時の胸の痛みを戒めにして、レオリオは誓いを立てた。
二度とクラピカより先には起きないと。
決して、クラピカを冷たい寝床で目覚めさせはしないと。
愛する人の安らかな寝顔は、見ているだけで幸せになれる。
それは共に迎える朝にだけ堪能できる、ささやかな喜び。
いつまでも眺めていたいけれど、愛しい匂いと体温を感じながら
一緒に眠るのは、更なる幸せだから。
もったいないけれど、目を閉じてしまおう。
哀しみの残像はもう見えない。
瞼を開けたら、天使はいつも微笑んでいる。
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