「恋人形
〜コイビトノカタチ〜

※某マンガの設定とは一切関係ありません(^^;)ホントに。



レオリオがその店へ立ち入るきっかけは、ほんの偶然だった。
ちょっと足を伸ばした街のはずれで にわか雨に遭遇してしまい、
気に入りのスーツを傷めないよう飛び込んだ軒先がそこだった。
衣服にまといつく水滴をハンカチで拭いながら、レオリオは息を
つく。
どうにか天然のシャワーだけは回避できたが、空を覆う薄暗い
雨雲は、しばらく立ち去りそうにない。

――― よろしかったら、中で雨宿りなさいませんか?」
ふいに声をかけられ、レオリオは背後を振り返る。
古い木製の扉から、店主とおぼしき男が顔を出していた。
店構えには一種独特の風情があるが、特別警戒するような
危惧は感じない。
レオリオは親切な店主に誘われるまま、店内へ入って行った。


店の内部は表通りから見るよりもずっと奥行きがあり、小奇麗で
エキゾチックな雰囲気に満ちている。
店主は香りの良いお茶をカップに注ぎ、レオリオに渡してくれた。
ありがたく一服しながら、レオリオは店内を見回す。
時の流れから取り残されたように、レトロでクラシカルな内装。
不思議な薫りの香が立ち込めて、空気の色さえ違う気がする。
紳士然とした穏やかな店主に似合うノスタルジックなBGM。
輸入もののアンティークショップだろうか?
置いてある調度品や小物はどれも年代物のようだが、一様に
美しく丁寧な細工が施されている。
「良ろしければ、手に取って御覧になって結構ですよ」
「遠慮しとくよ。オレ貧乏人だから、こんな立派なモン、万一
汚したり壊したりしたら弁償できねえしな」
とは言うものの、生来の好奇心で彼の視線は店内を巡り続けて
いる。
――― ?」
ふと、コーナーの一角に目が止まった。
店の最奥の棚に、無数の人形が並んでいる。
大きさやドレスの豪華さから、子供向けで無い事は一目瞭然。
(…人形?アンティークドールってやつか?)
レオリオはそちら方面の知識には疎いし、男の彼には無縁の
代物だが、物珍しさから少々興味が沸き、近づいてみた。
それらは色とりどりのドレスをまとい、ガラスでできた瞳がこちらを
向いて微笑んでいる。
ビスク製の顔は美人揃いで、繊細に仕立てられたドレスや、埃
ひとつない手入れの状態からも、高価であろう事は容易に推察
できた。
「お気に召した子がいましたか?」
「いや、オレ、そーいうシュミは……」
店主への返答は途中で途切れた。
一体の人形に、レオリオの目が釘付けになる。
(これは……)
彼の気配を悟り、店主が近づいてきた。
「この子ですか。お目が高いですね」
そう言って手に取った人形は、他の人形たちとは明らかに
雰囲気が違う。
「この子は高名な人形作家が丹精込めた逸品なんですが、少々
わけありでしてね。お嫁入り先を決められないんですよ」
「…嫁入り?」
不思議そうに問い返すレオリオに、店主は、人形を扱う専門店
では販売のことを嫁入りと表現するのだと教えてくれた。
そして、この人形の来歴も。

作ったのは“天才”と誉れ高い人形作家だったが、職人気質が
強く、出来映えにひどくこだわるので、一年に一体 完成するか
しないかという製作ペースだった上、気に入らない客には、いくら
金を積まれても絶対に手放さないという頑固で偏屈な老人だった。
やがて身体を病んだ彼が仕事場で冷たくなっていた時、傍らに
あったのが、最後に手がけていたらしいその人形だったという。
天才作家の最期の一体。
本来なら貴重で高額なはずだが、完成品なのか、それとも未完成
なのかわからない事がネックになっている。
更に、彼の今までの作品とは大きく異なり、綺麗だけれど華美さが
極端に少なくて、飾って楽しむには物足りないとも言えよう。
何より一番の特徴は、その人形が瞼を閉じたままであること。

「本来はスリープアイらしいんですが、開かないんですよ。作家が
製作途中に塞いでしまったのか、もしくは壊れているのか不明
でして。
修理しようにも第三者が迂闊に手を入れたら、オリジナル
ではなくなってしまいますからね」
どこか困ったような口調で店主は、抱き上げた人形の髪を優しく
撫ぜる。
まるで本物の生きた子供に対するように。
「…ですから、適正な価格がつけられないんです。銘だけを聞いて
欲しがる方もいらっしゃいましたが、金額以前に、まずこの子を
愛して大切にして下さる方にお譲りできればと考えていますので」
「…………」
耳を傾けながら、レオリオは黙り込む。
店主の言葉に営業の意図が皆無とは思えない。それでも、心が
揺れている自覚は否めなかった。
――― なぜなら、その人形はレオリオの大事な人に似ているから。

このタイプの人形にしては短めの金髪。
周囲を拒絶するかのように閉ざされた瞳。
誰にも媚びないと言いたげな愛想の無い表情。
引き結んだクローズドマウス。
装飾のほとんど無い青色のシンプルな衣装。

店主に促され、レオリオは人形を手に持ってみた。

たった一人で生みの父親の最期を看取った末娘。
憂いをおびたその面差しは、どこか儚く、そして気丈にも見える。

「この子は貴方が気に入ったようですよ」
「……なんでわかるんだ?」
「表情が違います。嬉しそうですから」
「…………」
さすがに人形を愛する店主は言う事が違う。うまいものだなと
レオリオは苦笑した。
「…オレんちは狭いし、男所帯で殺風景だし、人形を飾っても全然
映えねーよ」
「特別な物は必要ありませんよ。そばに置いて、顔を眺めて、時々
言葉をかけていただければ、それでこの子は幸せだと思いますよ」

―――
そばに置いて。
――― 顔を見つめて。
――― 言葉をかけて。

そうしたい相手がレオリオにはいる。
だけど現実には、なかなか叶わない。
だったら、その人の代わりに……

(…うちに来るか?)

きっと、寂しくなくなるから。

(行ってやっても良い)

ツンとすました声が聞こえたような気がした。

「この変態め」
クラピカの第一声に、なかば予期していたとはいえレオリオは反論
する。
「そりゃ無ぇだろ。人形作家だってコレクターだって、男は多いぜ」
「お前はそういう人々とは違うだろう。それに、こんな大きな人形を
箱入りならまだしも むき身で、大の男が嬉しそうに抱えていれば
妖しい趣味だと疑うのが一般的な見解だ」
確かに一理ある。そもそも口でクラピカに勝てるレオリオではない。
彼は結局、件の人形をお迎えしてしまい、カード分割とはいえ高額な
結納金が懐に痛かった。
その上、本物の恋人からは一刀両断という有様では、ひきつった
笑顔を浮かべるしかない。
しかし実際にクラピカと並べてみると、人形は本当によく似ていた。
違うのは、不遜な言葉が出てこないところくらいなものだろう。
「……という事で、これは私があずかるぞ」
「ヘッ!?」
突然、レオリオ鳩の顔に豆鉄砲が飛んで来た。
「な、何だって?何でお前が……」
「仮にも医者志望が妙な趣味の持ち主だと誤解されたり、あらぬ
噂が立ったりしたら困るだろう。それに人形だって、お前のそばに
置いていたら、何をされるかわかったものではない」
「はァ!?オレが何をするってんだよ?」
「さしずめスカートをめくったり、裸に剥いたり、下品な衣装を着せて
撮影したり…」
「バカ言うなーーー
!!」
力一杯否定するレオリオを無視して、クラピカは人形を持ったまま
立ち上がる。
「私に似た人形が不純に弄ばれるなど、想像に耐えないのだよ」
「ちょ、こら待て!お前がそれ持って行ったら、オレは一体何の為に…
…待てってば、おーい、クラピカーっっ(泣)」

追いすがる男をあしらいながら、クラピカは心の中でつぶやいた。

(私がいるのに、人形を愛でるなど許せないのだよ)

―――
たとえ私に似ていても。


それは複雑な恋心。
それも恋人たちの愛のカタチ。


               END

 ※スリープアイとは、横にしたら目を閉じ 起こすと目を開けるタイプの人形の目のことです。
 ※クローズドマウスとは、文字通り口を閉じていること。