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ゴン、キルア、レオリオ、クラピカ。
さして長くはないけれど、浅からぬ付き合いの四人組。
彼らが宿に宿泊する際、部屋割りがゴンとキルア・レオリオと
クラピカの二人一組に別れるのは、いつからか暗黙の了解で
決定事項になっていた。
「よ。邪魔するぜ」
そう言って、チェックイン早々レオリオは隣のゴン・キルアの
部屋を訪ねて来た。
「あれぇ?どーしたのレオリオ。クラピカは?」
「あいつは今シャワー中。部屋で一人でボーッとしてるのも
退屈だし、仲間に入れてくれよ」
ゴンの問いかけに、レオリオはそう答えてソファへ腰を下ろす。
「シャワー……」
しかしゴンは、ふと深刻な表情で何やら考え込み始めた。
「どした?ゴン」
その珍しい風情に、キルアが声をかける。
「うん……。ねぇ、キルア、レオリオ」
ゴンは顔を上げ、改めて二人に向き直った。
「クラピカって男だと思う?それとも女の人だと思う?」
唐突な質問は、レオリオとキルアを凍りつかせた。
「…………」
「…………」
「…………」
しばしの間、沈黙が室内を支配する。
実はクラピカの性別に関しては、彼らの間でも禁忌に近いものが
あったのだ。
少女なのか、少年なのか、一見しただけではわからないクラピカ。
どちらにも見えるけれど、どちらとも断定し難い。
「……なんで急に、そんなコト言い出すんだ?」
「急じゃないよ。前からわかんなかったんだ」
ようやく言葉を発するキルアに、ゴンは断言する。
『シャワー』という単語からの連想で、日頃の疑問を思い出したの
だろう。少々不健全な気がしないでもないが、この際そんな事は
問題では無い。
ゴンは更に続けた。
「オレは昔からずっと、ヒヨコからオオクマネコまで、どんな動物も
一目で見分けてたし、自分でも自信あったんだよ。なのにクラピカ
だけは、これだけ一緒にいてもわからないんだ。なんだかそんなの
スッキリしないし、悔しいんだもん」
オオクマネコと同列化するのはクラピカに対して失礼だが、
もっともな言い分である。
ましてや魔獣・凶狸狐を見分けた彼に不可能ならば、レオリオは
勿論、深く考えた事の無いキルアにもわかるはずがない。
「クラピカの性別なら、レオリオがよーく知ってんじゃねえの?」
ふいに名指しされ、レオリオは息を詰まらせる。
「な、何言い出すんだキルア。オレが知ってるわけねーだろ」
意味深なニヤニヤ笑いを向けるキルアに、レオリオは精一杯
威厳を装って見せた。
「ウッソだろ?とっくに見てさわって確認済みだと思ってたのに」
「バカ言ってんじゃねえよ。ガキが、大人をからかうな」
「オトナだから知ってると思ったんだよ♪」
「…………(汗)」
レオリオは返す言葉を失う。キルアは彼のクラピカに対する感情を
見抜いているのだから。
「レオリオ、本当に知らないの?」
キルアと違い、本心から純粋な探求心でゴンも尋いた。
「……ああ、知らねーよ」
レオリオは憮然と答える。彼としてはクラピカの性別を知りたいのは
山々だが、もし希望的予測と違っていたら怖い気もして、言葉にも
行動にも出せずにいたのだ。
3人はしばし黙り込み、出会いから現在までのクラピカに関する
記憶を手繰り始める。
「あの年齢であんな体型の女はいねーだろ?」
「でも男なら、いくら何でも もう声変わりしてていいはずだぜ?」
「身のこなしとか、匂いとかでもわかんないよ」
女にしても、男にしても、どの符号も中途半端で、決定打には
ならない。
レオリオは女派、キルアは男派、ゴンはどちらかわからない派。
いくら討論しても結論は出なかった。
「……あー、もー!いいよ、オレ、クラピカに聞いて来る!!」
「ゴ、ゴン!?」
「おいっ!? ちょ、ちょっと待て!」
頭から煙を出したゴンは、そう宣言するや 二人の止める声も
聞かずに部屋を飛び出した。
「クラピカー!」
隣室のドアを開けると、幸か不幸かクラピカは既にシャワーを
終え、平常通り服を着込んでいる。
ゴンは一目散にクラピカのそばへ駆け寄った。
「どうしたのだ?ゴン」
彼の剣幕に、クラピカは驚いたように目をまたたく。
「あのね、ちょっと聞きたいんだけど」
「何だ?」
(あのバカ…!)
ドアの影で、ようやく追いついたレオリオとキルアは息を呑む。
「怒らせたらどうすんだよ。緋の眼モードでブン殴られるぜ」
「聞くなよ〜… 知りたいけど、知りたくねーよ〜…(汗)」
そして運命の瞬間。
「クラピカって、男なの?女なの?」
「…私の性別か?」
直球ストレートなゴンの質問を、クラピカは確認するように問い
返した。
「うん。どうしてもわかんなくて」
「そうだろうな」
くすくすと笑うクラピカの表情は、少なくとも緋の眼ではない。
ゴンは更に追求する。
「で、どっち?」
「どちらでもないぞ。今はな」
───ガタドタドサッ☆
直後、異様な物音にゴンとクラピカは振り返った。
「レオリオ?キルア?」
「何をしているのだ?二人とも」
ドアの向こうでは、2つの影がコケて重なっている。
「……い、今……何つった…?」
「その前に、どけよオッサン!!オレの華奢な体が折れるだろ!!」
レオリオは理解不能な現状に、そしてキルアはレオリオの体重に
押しつぶされかけていた。
「─── クルタ族は性別が未分化な状態で生まれて来る種族
なのだよ。だいたい17〜18歳の間に男か女に分かれるが、私は
まだその段階に至っていないのだ」
改めてクラピカから説明を受け、ようやく性別論争にピリオドが
打たれた。
「なーんだ。どうりでわかんなかったはずだよねー」
「なぁ、男になるか女になるか 自分で決められんの?」
謎の解けたゴンは晴れやかに笑い、キルアは興味津々で尋ねる。
「それは無理だ。環境や性格に影響される場合もあるようだが、
先天的に決まっているらしいのだよ」
「ふうん。じゃ、オレたちとたいして違わないね」
「ああ、違わないさ」
ゴンたちと笑い合うクラピカに、レオリオは大層複雑な思いでいた。
そういう種族の存在は、知識だけはあったけれど。
クラピカならば、そうだと言われても納得できるけれど。
50%の確率で同性になるかも知れないとは。
もしクラピカが男になったら、自分はどうするのだろう。
それ以前に、もしクラピカが男だったら、自分はどうするつもり
だったのだろう。
(オレは生まれてこの方、野郎にときめいた事だけは無ぇんだけど
なぁ……)
円満解決どころか、更なる問題が提起されたような気がした。
─── その夜。
「なぁ、クラピカ」
お子様二人が隣室へ戻った後、レオリオはクラピカに問いかけた。
「お前さ……男と女と、どっちになりてぇんだ?」
「男だ」
ベランダで夜風に吹かれながら、クラピカは即答する。
「個別の戦闘能力を差し引いても、体力・腕力ともに女より男の
方が有利だからな」
予想通りの答にレオリオは苦笑した。
幻影旅団への復讐を胸にハンターになったクラピカである。戦う
為の強い体を望むのは当然。
性別未分化の現在でも、少年として振る舞っているような気が
しないでもない。
─── こんなに美人なのに。もったいない。
無意識に見つめてしまうレオリオに、クラピカも視線を向ける。
「できればお前のような、大きくて逞しい男になりたいのだ」
聞いた途端、レオリオの目が点になった。
筋骨逞しい体格のクラピカなど、恐ろしくて考えたくない。
「何を固まっている」
「い、いや別に」
不気味な想像をしてしまわぬよう、レオリオはクラピカから
視線を逸らす。
彼の思考を察したのか、クラピカは不愉快そうに睨みながら
呟いた。
「男になったら、お前など見下ろしてやるのだよ」
それを聞きとめ、レオリオはチラリと目を向ける。
視界の中、20センチほど低い位置に映り込む金の髪は、既に
すっかり見慣れたアングル。
この身長差が縮まる日が、果たして来るのだろうか。
「……ある日突然、男になったりすんのか?」
思わず口から出たが、レオリオとしては知っておきたい疑問で
ある。
「そういうわけでは無い。個人差もあるようだが、兄が男に
なった時などは、数ヶ月前からなんとなく兆候が見られたしな」
「ヘェ……」
医学的にも興味深い返答に、レオリオは納得する。
「私もそろそろ分化の前兆が始まっても良い時期のはずだが、
自分ではよくわからないのだよ」
クラピカの声音がわずかに沈む。
自らの性別が判明しない不安など、レオリオには理解の範疇を
越えている。こういう時は慰めるべきなのだろうか?
かといって、どう言って慰めれば良いのかわからない。
「どうだレオリオ、私は男らしいか?」
しかしその質問を耳にした瞬間、彼は吹き出してしまった。
「笑うな。私にとっては重要な事なのだぞ」
「ああ、悪ィ。男らしいぜ、それなりにな」
冗談でも揶揄でもなく、並みの男では歯が立たない戦闘能力を
称えて、レオリオはそう答える。
「…『それなり』?では、女らしいのか?」
「ま、それなりにはな」
「どちらなのだ」
「どっちもどっちだ」
笑いを噛み殺しているレオリオに、クラピカは拗ねたような目を
向けていたが、やがて溜息と共に呟きを漏らす。
「……遺伝子レベルでは既に性別が決定しているしな。必ずしも
私の希望通りになるとは限らないのだよ」
クラピカのその言葉は、レオリオの心を少しだけ浮上させた。
「一族再興の為には、女になってたくさん子供生むのも必要かも
知れねえぜ。クルタ族のイヴってか?」
「アダムになって多産の女性を探すという手段もあるのだよ」
軽い口調で、しかしけっこう核心をついているレオリオの言葉に
クラピカは対抗する。
二人の間に笑いが流れた。
「考えたんだけどさ、オレ……」
「ん?」
大きな瞳がレオリオを映した。
しばし二人の視線が絡む。
─── お前が男でも、かまわない。
レオリオは言おうとした言葉を飲み込み、フッと笑った。
「なんでもねーよ。もう寝ようぜ」
「……ああ」
部屋へ入るレオリオの後ろ姿を見つめながら、クラピカは考える。
─── 男になりたいと、ずっと願っていた。
だけど、その兆しは今なお皆無。
最近では、女になるのかも知れないと感じ始めている。
不満や抵抗はあるけれど、それが運命なら受け入れるしか無い。
でも、そのかわり─── ……
─── もしも女になるのなら、誰よりも美しい女になりたい。
『それなり』ではなく、誰もが認める魅力を備えたいと思う。
─── 彼が、恋焦がれずにはいられないような───
心の変化は身体の変化よりも早く、そして密やかに訪れていた。
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