「Boy meets Girl」



9月4日、ヨークシンシティ。

「オメー、威圧感つーか、迫力みてーなもんが出た気がするな」
「君は大した変化も無さそうだな」

再会時の会話は、なんとも色気の無いものだった。
相変わらず可愛げの無い奴だとレオリオは憤慨する。
しかし彼は胸の中で、もう一つクラピカの変化を認めていた。

―――
以前にもまして、綺麗になっている。

元から端麗だった顔立ちは、憂いを深めて美しさが際立っていた。
クルタ族は性別未分化のまま誕生する種族で、クラピカもいまだ
性別が決定していないという。
ゆえに女ではなく、男でもなく、どちらになるのかさえわからない。
それでもレオリオの胸には、一つの強い感情が明確に根付いて
いた。


やがて久闊を叙する暇も無く、激動の展開が訪れる。





9月5日、深夜。
わずか一日前の和やかな再会が夢のようだ。
幻影旅団との邂逅。
囚われたゴンとキルア。
旅団長の捕縛。
団員との取引。

それらすべてが終了した時、クラピカは心労なのか念の副作用
なのか、高熱を出して倒れてしまった。
ゴンとキルアはGI入手の為の準備を始めており、ゼパイルも
金策に
走り回っている。
そしてレオリオは、センリツと交代でクラピカの看護に当たって
いた。

――― ったく……ムチャするから、こんな事になるんだよ…)

熱にうなされるクラピカを前に、レオリオは 心の中で呟く。
相手が幻影旅団ならば、無茶は最初から承知だし、流血沙汰に
ならなかっただけマシなのだが、心配のあまり不機嫌になって
いた。
ついさっき換えた額のタオルは、あっという間に乾いている。
手を伸ばして触れると、体温の高さと共に湿った気配が伝わった。
それは身に篭る高熱を開放するための調節手段で、大量の汗を
かいている。
このままでは汗が冷えて更に体調を悪くすると気づき、レオリオは
着替えを取り出す。
ところが掛け布をめくった途端、躊躇してしまった。
着替えさせる、ということはつまり、着ている服を脱がすわけで。
(…………)
不可解な罪悪感が脳裏をよぎる。しかしレオリオはすぐにそれを
打ち消した。
(別に何も問題は無ぇよな?これは れっきとした医療行為の
一環だし、何より、クラピカは女じゃねぇんだから)
レオリオは自分自身に言い聞かせるように思考を構築する。
そして改めてクラピカに向き直り、服に手をかけた。
片手でクラピカの身体を支えながら、もう一方の手でTシャツの
裾を持ち上げ、頭を通して、袖を抜く。
下に着ていたランニングは、汗を吸って更に湿気ている。
レオリオは、それもTシャツ同様、そっとめくりあげた。
(…………!?!?!?)
瞬間、石化する。
彼が凝視しているのは、あらわになったクラピカの胸元。
そこには、実にささやかながら、二つのふくらみが形成されて
いたのだ。
それが何なのかは、医者志望でなくても一目瞭然。
(こ… こ… こいつ……!!)
認識するや、レオリオは反射的にランニングを元に戻した。
(こいつ、女になってたのか…!?)

混乱する思考の中、彼の脳裏に いつぞやの会話が蘇る。

『クルタ族は性別が未分化な状態で生まれて来る種族なのだよ。
だいたい17〜18歳の間に男か女に分かれるが、私はまだその
段階に至っていないのだ』

その時期が来ていたのか。この半年あまりの間に。

『できればお前のような、大きくて逞しい男になりたいのだ』

そう言っていたのに。男ではなく
――― ……

(……『女』…に……)

レオリオは改めてクラピカを見つめる。
今の今まで、考えもしなかったのに。
――― だけど多少は気づいて――― いや、感じていたのだろう。
再会した時、どこがどう変わったとは言いがたいけれど、何か
以前とは違う気配に、確かに胸がときめいた。
それは『初めて出会った少女』に魅せられた証だったのかも
知れない。

顔が熱くなる。
胸の高鳴りが止まらない。
心の奥に秘めていた感情が噴き出してゆく。


――― どうかしたの?」
「!!!」
不意にかけられた声に、レオリオは文字通り飛び上がる。
彼の背後にはセンリツが、不思議そうな面持ちでたたずんでいた。
「あ、あ、あの、クラピカが、その、すごい汗で、その、き、着替え、
頼むっ!!」
心音を聞くまでもなく動揺と狼狽の態度を明解に示し、レオリオは
逃げるように部屋を飛び出して行く。
着替えを渡されたセンリツは、事態を察して苦笑した。

―――
まるで初恋の少年と少女ね。

それは、あながち 単なる比喩でもなかったのだが。


レオリオは、激しい鼓動が鎮まらない。
生まれて初めて女性の裸体を目にした時でも、これほどでは
なかったような気がする。
成熟した色っぽい美女のナイスバディを拝んだ事だってあるのに、
まだまだ発育不全の子供のような胸を見たくらいで、なぜこんなに
動揺しているのか、彼自身不思議だった。
まのあたりにしてしまった未成熟なふくらみが、目の前をチラついて
離れない。
(頭を冷やさねぇと……)
そう考えて、階段方向へと足を向ける。
しかし直後、センリツに呼び止められた。
「コインランドリーと、食料の補充に行ってくるから、クラピカを
看ててくれるかしら」
「あ、用事ならオレが行くよ」
渡りに船だとばかりに申し出るレオリオだが、センリツは優しく
微笑みながら首を振る。
「クラピカが御指名なのよ。貴方に話があるんですって」
「……!!」



レオリオは部屋の入口に立ち、つとめて明るい口調で声をかけた。
「よぉ。目が覚めたのか」
クラピカは数個の枕を背もたれにして半身を起こし、まだ少し
熱っぽい顔色ながら、毅然とした瞳を向ける。
「ああ。…世話をかけたようだな」
「いいってことよ。気にすんな」
あくまで自然な態度を装いつつ、レオリオは腰を下ろした。
つい視線がクラピカの胸部へと向かいそうになり、慌てて逸らす。
良くも悪くも正直者の彼のこと、その不自然な動作を、体調不良
とはいえ見ぬけぬクラピカではなかった。
「レオリオ」
「な、何だよ」
「お前……気づいたのだろう?」
「なっ、オ、オレは何もしてねえからな!!」
たった一言の問いかけで、レオリオは自白してしまう。
クラピカはそんな彼の率直さに内心で苦笑し、ため息をついた。
「別にお前が不埒な真似をしたとか疑ってなどいないのだよ」
レオリオに限って、病人の寝込みを襲ったりするはずが無い。
センリツが弁護するまでもなく、クラピカは彼を信じていたから。
「……とにかく、そういう事だ。私は性別が分化した」
「あ、ああ…」
改めて言うのも、言われるのも、何か照れくさい。二人は一瞬、
視線を逸らせた。
「その……残念だったな。男じゃなくて」
しばしの沈黙の後、先に口を開いたのはレオリオの方。
彼的には、クラピカの女性化は大歓迎なのだが、本人が男に
なりたがっていた事を知っているので、一応そう言った。
クラピカは少し寂しげな微笑を浮かべる。
「良いのだよ。50%の確率で、こうなる事はわかっていたし、
多少は覚悟もしていたからな」
――― 女も、悪かないと思うぜ」
「どうかな……」
レオリオとしては精一杯の慰めだったが、クラピカは軽くかわした。
「それよりも頼みがある。レオリオ、このことは他言しないでくれ」
「え?」
不意の嘆願に、レオリオは目を丸くする。
「可能な限り性別は伏せておきたいのだよ。何者にも、非力な
少女だなどと侮られては困るのだ」
(誰が非力な少女だって?)
思わずツッコミを入れたくなったレオリオだが、確かに『少女』には
『少年』よりも、あらゆる意味で危険が多い。ましてクラピカの
目的を考えたら、リスクは最小限にと思うのは当然だ。
「…お前がそう言うなら、誰にも言わないけどよ。ゴンやキルア
にはどうすんだ?」
「彼らは、おそらくはもう感づいているよ」
「え?そうなのか?」
「ああ。センリツも、初対面の時から知っていたしな」
「…………そうだろうな」
証拠を見るまで気づかなかったレオリオと違い、ゴンとキルア
には人間離れした五感と洞察力があるし、センリツには すべてを
見通す念能力がある。
少しばかり悔しいし、複雑だけれど、仕方ない。
「…なあ、聞いていいか?」
「何だ」
「お前、いつ…… その、…分化した?」
パドキアで別れた頃には、まだ性別未分化だったはず。もしも
あの時点で既に女性化していたのなら、気づかなかった自分は
男として失格だ。
別の意味でドキドキしながら、レオリオは問い掛けた。
「体調の変化を自覚したのは、パドキアで別れてから1〜2ヶ月
後くらいかな」
レオリオの心情には気づかず、クラピカは返答する。
「師匠には最初から女だと思われていたようだ。だが決定的に
女になったのは、先月………」
クラピカはハッとして口をつぐんだ。同時に頬を赤く染め、下を
向く。
「…何だよ?『先月』、どうしたって?」
「…………」
「なんかあったのか?クラピカ?」
「…………」
「おいっ、まさか誰かに…」
「追求するなバカ!医者志望なら察しろ!!」
怒鳴りつけられて、ようやくレオリオは思い当たった。世間一般で
『女になった』と言われる現象は、医学上 確かにある。
年齢的には少々遅いが、クルタ族にとっては平均的なのかも
知れない。
同じ言い回しでも、別の意味の『女になった』を想像してしまった
己の不純な思考を、レオリオは反省する。
「………悪ィ」
真っ赤になったクラピカは、彼の謝罪には応えず プイと顔を
背けてしまった。
そんな仕草も、以前よりずっと可愛く見えるのは気のせいだろうか。
たとえ男になったとしても、クラピカへの思いは変わらないと
思っていたけれど。
レオリオは改めてクラピカの横顔を見つめた。
そこにいるのは初めて出会った『少女』。彼女はとても美しく、
眩しくて、愛しさをかきたてる。
「……良かったぜ。お前が女になって」
その呟きを聞きとめて、クラピカは睨みつけるようにレオリオを
見た。
穏やかな微笑を浮かべる彼と視線が合うと、なぜかとても
恥ずかしくなり、何も言えなくなってしまう。
以前なら、平気で文句を返していたのに。
性別の分化は、クラピカの心身にさまざまな変化をもたらして
いたのだ。
離れていた時はそんなに実感は無かったけれど、再会した途端、
それは顕著に現れた。

――― レオリオがこんなに精悍で端正な男だったなんて、なぜ
今まで気づかなかったのだろう。

胸がドキドキして、まっすぐに目を見て話しづらい。
近づくたびフワリと漂うコロンの香りに、低くてよく通る声に、
いちいち胸が高鳴ってしまう。ポーカーフェイスを装うのも
大変だった。
再会した時の、『大した変化も無さそうだな』という台詞は、偽証
ではない。
変わったのはレオリオではなく、クラピカの方なのだから。
『少女』の目は、今までと違う認識をさせてくれる。クラピカは
改めてレオリオに対する特別な感情を自覚した。
かといって、今更 可愛く愛想良く振舞うなど、とてもできない
けれど。

「……レオリオ」
「ん?」
「私が……女になっても、今まで通りで…いてくれるか…?」

それは、ある意味では言うまでもなく当然の事。
だが、ある意味では、到底不可能な事。

「ああ」
それでもレオリオは、そう答えた。
「……感謝する」
安堵したようなクラピカの声が謝意を告げる。
次の瞬間、レオリオは床に両手をついて体を乗り出し、クラピカに
顔を寄せた。
「な、何だっ?」
「ただし、お前が『女』になるまでだぜ」
「……は?」
クラピカは思わず聞き返す。まだ不完全とはいえ、性別は分化
して女になっているというのに。
「何を言っているのだ?私は既に……」
「オレがいつか、お前を本物の『女』にしてやる。今まで通りなのは、
それまでだからな」
「………?」
クラピカにはレオリオの言う意味が理解できない。それでも、
彼の悪戯っぽい笑顔を見れば、何やら企んでいるのだなと
察しはついた。
「……どうせ私は、立派な女ではないのだよ。いずれ、もっと
美しく魅力的に育ってやるから、覚えていろ」
クラピカの言葉を聞いて、レオリオは吹き出してしまった。
「そりゃあ楽しみだな。そん時にはよろしく頼むぜ、お姫様」
レオリオはそう言って、クラピカの手を取る。
そして、その甲に口接けた。
「な、何を!?」
「女性に対する最高の礼儀の表現さ」
「…………(///)」

レオリオの、こんな気取った真似がカッコ良く見えたのは、きっと
熱のせいだ。

クラピカは強引に自分に言い聞かせ、手をふりほどく。
そのまま横になり、レオリオに背を向けて掛け布をかぶった。

レオリオはクラピカの、そんな態度も可愛くて仕方ない。
もう何をされても、何を言われても、ただ愛しいだけだろう。
それこそが女の魅力、いや 魔力と言うべきか。


恋の始まりはいつだったのか、もう覚えていない。
それでも、今日のこの時も、確かに始まり。
二人が出会った、記念すべき日。

―――
Boy meets Garl.



               END

        Boyと言うには少々無理がありましたか?(^^;)