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「クラピカがいないってぇ!?」
ぬけるような快晴の空に、不似合いな困惑の叫びが響く。
レオリオは一度深呼吸すると、改めてゴンを問い詰めた。
「…どういう事だ!?」
「どうって…オレたちも支度あったし、バタバタしてて、クラピカは
ずっと部屋にいると思ってたのに、いつのまにか…」
「ごめんなさい、私のせいだわ」
口ごもるゴンをかばうように、横からミトが歩み出る。
「きっと不安だったのよ。私がクラピカさんを一人にしていたから…
もう少し早く迎えに行けば良かったわ」
「いや、ミトさんの責任じゃないですよ」
自責の言葉と共に頭を下げるミトを見て、レオリオは慌てて
打ち消した。
「そうだよな。もしかすっと、イヤになって逃げたのかも知れ
ないし」
揶揄まじりだが、キルアの不吉な言葉は可能性としてゼロ
ではない。
しかしレオリオは即座に否定する。
「あいつは今更逃げ出すようなタマじゃねぇよ。とにかく、まだ
時間もあるから手分けして捜してみようぜ。騒ぎにならねえように
頼むな」
そう言って、レオリオは廊下を駆け出してゆく。
「どうかしたの?」
直後、彼の前に小さな影が現れた。
「さっきから何か、慌しい不穏な音が聞こえているけど」
「センリツ、ちょうど良かった」
レオリオはホッとしてかがみこみ、センリツと目線を合わせる。
「実は……クラピカの姿が見えねえんだ。ちょっと目ェ離した
隙に、どっか行っちまったらしくてさ」
「クラピカが?――― まあ」
「もう時間も迫ってるし。あんたなら、どこにいるかわからねえか?」
冷静を装っているが、実は心配でたまらないという心音を奏でて
いるレオリオにセンリツは優しい微笑を投げかけ、瞳を閉じる。
そしてすぐに再び目を開けた。
「――― 上」
「上?」
季節は夏。南方の国の空は、眩しいくらい澄んでいる。
果てしなく広がる青色に、身も心も溶けてしまいそう。
足下の屋根の他は何ひとつ遮る物の無い、高く細い尖塔の天辺で、
クラピカは風に吹かれていた。
「――― クラピカ!」
ふいに名を呼ばれ、クラピカは背後を振り返る。
青一色の色彩の中、現れたのは、切り取ったように白い長身の影。
「レオリオ…」
「何してんだよ、お前。こんなとこで」
目のくらむような高さ、細く危うい足場、加えて吹きさらす風に
バランスを崩されかねない屋根の上。常人だったら決して入り
込めないだろう場所にクラピカは、土上に立つが如く平然と
立っていた。
青い空を背に 白いドレスをたなびかせている姿はまるで天使の
ようで、このまま飛び立ってしまいそうな気がする。
レオリオはそんな錯覚を故意に打ち消し、器用に足場を進んで、
クラピカのそばへと歩み寄った。
「つかまえた」
そう言って彼女の手を握り、一応の確保に安堵する。
「…別に、逃げたつもりは無いのだよ」
つられるようにクラピカも微笑を浮かべた。
「窓から外を見ていたら、空があまりに綺麗だったので、もっと
近くで見たくなっただけだ」
――― だからって、そんな格好で、こんな所まで登るかフツー?
とツッコミたかったが、レオリオは嘆息まじりに笑い、言葉を
飲み込む。
そしてクラピカの腰に両手を伸ばし、子供を抱えるようにヒョイと
抱き上げた。
体重の少ないクラピカは、白い鳥のようにレオリオの胸に舞い
降りる。
「飛んで行っちまうかと思ったぜ」
「この期に及んで、敵前逃亡のような真似などするわけないだろう」
――― もう少しマシなたとえは無いのかよ。
しかしそういうところもクラピカらしい。愛しさがつのり、レオリオは
優しく微笑する。
「……ま、逃げようったって逃がしゃしねえけどな」
「わかっている」
肯定の言葉に、確信の笑顔。
当然の経緯のように、唇がふれあった。
唇が離れ、クラピカは真正面からレオリオの顔をじっと見つめる。
「青い瞳だな」
「ああ?知ってたのか」
少し照れたようなレオリオの声に、クラピカはにっこりと笑う。
彼の瞳が、よく見るとブルーである事を知ったのは、もうかなり
以前。
普段はサングラスやスーツのダークカラーが映る為に、気づく
者は少ないが、太陽光を反射したり、稀に日中 裸眼でいる時
などに接近して見ると、深い青色だとわかる。
「空と海の色だ」
そう言ってクラピカは、街のはるか彼方を臨む。
視線の先にあるのは、空と海の溶け合う接点。
故郷の地には存在しえなかった美しい光景。
そして憧れと希望の色。
「んなモン、もう見慣れてんだろ」
「そうだな」
クラピカは同意し、再びレオリオに向き直った。
目の前にあるのは、空より澄んで、海より深いブルーの瞳。
これからは、この瞳の持ち主が、ずっとそばにいる。
そのことが嬉しくて仕方ない。
屋内にいると現実感が薄くて、愛しい色をした空に、より近づき
たくなってしまったのだが。
「そろそろ時間だ。皆が待ってるぞ」
「そうだったな。降ろしてくれ」
「いや、このままで行こうぜ」
風にさらわれてしまわぬように。
そして空に吸い込まれてしまわぬように。
レオリオは悪戯っぽく笑い、クラピカを抱いたまま歩き始めた。
屋根から鐘楼へ、そして塔を下る長い階段へと。
大聖堂では多くの友が、今や遅しと二人を待っている。
祝うような風を受けて、クラピカの白いドレスの裾と長い
ヴェールが幸せそうに揺れていた。
――― この地を吹き抜ける風に我が身を委ね、今此処に
いる奇跡を、クルタの祖に感謝する―――
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