「千夜と一夜の物語」



昔むかし、ある国に一人の王様がおりました。
その王様は冷淡で残酷で、欲しいものはどんな手段を使ってでも
手に入れたがるという悪い癖があったのです。

ある時、王様は旅人から奪った宝の中に、一枚の絵を見つけました。
描かれていたのは、この世の者とは思えぬ絶世の美姫。
長く流れる金糸の髪、真珠の如く輝く肌、神秘的な青いドレス、そして
何より目を引いたのは、炎よりも太陽よりも緋い、深紅の瞳。
その宝石のような瞳に魅せられた王様は、瀕死の旅人を問いつめて
美姫の身元を聞き出します。
絵のモデルは、遠国のある少数部族の王女でした。
彼女はようやく授かった跡取り娘である上、それはそれは美しかった
ので、王や王妃のみならず一族中から大切に慈しんで育てられ、
ほとんど外に出た事はありません。
旅人はかつて王宮で女官たちに異国の話を語った時、偶然王女を
見かけ、その幼いながらも研ぎ澄まされた美貌に感嘆し、王女が
成長した姿を予想して、稀代の絵描きに描かせたのでした。
多少想像が入っているとはいえ、その絵の王女は月の女神もかすむ
ほどに美しく、王様が集めたどんな宝よりも魅力的です。
王様は軍隊を動員して、この王女を手に入れることに決めました。

そうして、王女の国は滅ぼされてしまったのです。

しかし肝心の王女は、どうしたことか姿が見当たりません。
王宮の屋根裏、地下室、川の中、茂みの中、ありとあらゆる場所を
捜しましたが、どこにも王女らしき姫はいなかったのです。
王様は腹いせに、殺害した王族や国民たちすべての顔から、眼球を
えぐりぬいてしまいました。

王様は知らなかったのです。
王女がまだ、絵に描かれた姿ほどに成長してはいなかったことを。
そして侵攻が始まった時、王妃の機転で少年の衣装をまとい、密かに
国外へ脱出させられていたことを。
聡明な父王は、いつかこのような日が来るのではと危惧していたので、
その時どうやって王女を守るか、ちゃんと考えていたのでした。


それから千の夜が過ぎた頃、残酷な王様の前に、成長した王女が
現れます。
王様は王女に、復讐の刃で討たれてしまうのでした。









「…………で、続きは?」
「王女は一族の仇を討ち、それで終わりだ」
「そうじゃなくて、その後、王女はどうなったんだ?」
「さあ。私はそこまでしか知らないが」
クラピカの語る物語を興味深く聞き入っていたレオリオだが、ラストに
不満があるらしい。
彼はしばし考えこみ、まもなく悪戯を思いついたように瞳を輝かせた。
「んじゃ、こんなのはどうだ?」
訝しむクラピカに、レオリオは嬉々として口を開く。
――― 王女は、国を脱出した時、行き倒れ寸前のところを旅の医者に
助けられていた。以来ずーっと支え続けてくれた彼と、本懐を遂げた
後に結婚し、いつまでも幸せに暮らしました」
「……安易だな」
「ハッピーエンドは基本だろ?お姫様は辛い思いをしたんだから、
その分幸せにならなきゃな」
力説するレオリオに、クラピカはひとつ息をつく。
「お前に語らせたら、どんな物語もハッピーエンドになるのだな。
人魚の姫も燐寸売りの少女も、めでたしめでたしか」
「いいじゃねえか、お約束のオチでさ」
「まったくだ。幸せにしてくれて、ありがとう」
レオリオは嬉しそうに笑い、クラピカを抱き寄せる。
彼の胸の中で、クラピカも愛しげに微笑んだ。


今夜のお話は、これでおしまい。

明日の夜は、また別の物語を語ってあげよう。

幸せな結末が用意されていなくても、彼が幸せにしてくれるから。

きっと、安心して眠れる。



        END