「大マジ×大胆×大慌て」



軍艦島におけるハンター第三次試験EXも無事に終了し、受験生たちは
第四次試験に臨む事となった。
次の試験会場となるゼビル島までは船で約一日かかり、一晩の船中泊
となる。


夜、夕食を終えた受験生たちは各自与えられた部屋へ戻り、竜巻騒動の
疲れと、次回試験に備えて早々に寝床についていた。
そんな中、レオリオは念入りにシャワーを浴びている。
伊達男を気取るからには潮臭い体は許せない。愛用のボディーシャンプーと
ヘアトニックをふんだんに使い、湯上りにはコロンもふりかけて、いつも通りの
イイ男(本人談)に戻ったのを確認すべく鏡に向かってポーズを決める。
その時、かすかにノックの音が聞こえた。
「誰だぁ?」
─── 私だ」
聞き慣れた涼やかな声に、まっすぐドアに向かうレオリオだが、ふと気づいて
立ち止まり、Uターンすると備え付けのバスローブを着込み、改めてドアを
開けた。
全裸で出迎えたりして、また殴られるのは御免だから。
廊下には、予想通りクラピカが立っている。常にまとっていたマントは着て
おらず、白の上下だけを身につけていた。
「どうした?」
───……」
クラピカは無言のまま部屋に入り、後ろ手でドアのカギを閉めた。
少しうつむき加減のその顔からは、今ひとつ表情が読み取れない。
「……なんだよ?」
「…レオリオ…」
どこか切羽詰ったような口調でクラピカは切り出す。
「……今夜……、…ここに泊めてくれ…」
「…………は?」
レオリオにはクラピカの言った意味がすぐには理解できなかった。
受験生たちに割り当てられた部屋は、船内とはいえビジネスホテル並の
造りで、何より全室個室だ。
軍艦島のホテルのようにルームメイトとのトラブルも無ければ遠慮も無い。
「クラピカ、お前……」
レオリオは思い当たる可能性を口にする。
「ひょっとして、一人じゃ寂しくて眠れないってか?」
「…私をいくつだと思っているのだ。それに、一人には慣れている」
「……天井に蜘蛛の巣でもあったのかよ?」
─── 違う」
「んじゃ幽霊が出たとか」
「そんなもの恐れる私ではない!」
「あ、もしかして誰か夜這いに来たか?…って、そんな命知らずはいねー
よな」
「………わざとはぐらかしているのか?」
クラピカは初めて顔を上げ、二人の視線が合った。瞬間、レオリオの
鼓動がドキンと鳴る。
出会ってからそれほど長いつきあいではないが、クラピカのこんな
思いつめたような表情を見るのは初めてだったから。
─── まるで、泣きたいのを我慢しているようにも見えた。
「………あのさ、…違ってても殴るなよ?」
よもやまさかと思いつつ、レオリオは最後の可能性を言ってみる。
「お前…、オレと……その……、………したくて…来たのか…?」
「……………」
クラピカの頬がカ
─── ッと赤く染まり、そのまま顔を隠すようにうつむいた。
肯定の意味であろう仕草に、レオリオも思わず赤面する。
「…ま…マジか……?だ、だってよ、オレたちは…」
「何も言うなっ!」
気まずい空気を破るように、クラピカはレオリオの言葉を遮った。
「…私だって、今がどういう時なのかわかっている!だけど…今しかない
ではないか!!」
いつも冷静なクラピカが珍しく感情的に声を荒らげる。
驚いたように見つめるレオリオに、クラピカは改めて言葉を続けた。
「お前が……海中から戻らないと聞いた時、この世の終わりのような
気がした……」
レオリオは軍艦島でのオペレーションの時、潜水作業中に事故に遭い、
あやうく命を落とす所だった。当時の記憶が二人の脳裏を巡る。
「あの時に気づいたのだよ……私にとって、お前がどんなに大切な存在か…」
「クラピカ……」
これは明らかな『告白』である。信じられない気持ちで、レオリオは
クラピカを凝視していた。
「…自分の死は…怖くない。…だけどお前が……レオリオが死ぬかと
思った瞬間、他の何よりもイヤだった…そして恐ろしかった。……お前を…
…好き……だから……」
クラピカの言葉の一言一言に、レオリオの心臓が掴まれたように甘く痛む。
切ない思いが伝わり胸の奥へと広がってゆく。
「…この先、どんな試験が待っているかわからない。もしかしたら、今度
こそ命を落とすかも知れない。…だから……今そうしておかないと、一生
後悔するような気がする……そんなのはイヤなのだよ…!!」
いつも尊大で生意気なクラピカの口から出たとは とても思えないセリフに、
レオリオは動揺しつつも感動してしまった。
彼の方も、クラピカに対する恋情に等しい好意を自覚していたのだから。
しかしレオリオは互いの立場や世間の常識、倫理、そしてクラピカの性格を
考慮して『これは友情、オレたちはただの仲間』と、無理やり打ち消し、日々
自分に言い聞かせていた。
なのにクラピカの方から告白され、しかもここまで言われて引き下がっては
男ではない。
─── クラピカ」
レオリオはクラピカを引き寄せ、金色の髪を胸に抱いた。一瞬フワリと、
シャンプーかコロンか、微かに花のような甘い香りが薫る。
さすがに戸惑ったのか、クラピカは両手を握り締め、鼓動を抑えるように
自分の胸に押し当てている。
レオリオの方も、こんなふうにクラピカに触れるのは初めてで、平静を
装っているのは表面だけだ。
いくら一緒に行動していても、相手の身体に『さわる』など、せいぜい肩に
手を置く程度で、それも厚手のマントの上からだった。
シャツ一枚越しのクラピカの背や肩は想像よりもずっと細く、そして柔らかい。
もしかすると予想していた年齢より幼いのかも知れないと思った。
「……オレは品も教養も無い庶生の男で、こんな状況で紳士的には振舞え
ねぇよ。……本当に…いいのか…?」
クラピカはレオリオの胸に顔を埋めたまま、こくりとうなずいた。
「私は…後悔…したくない……だから、来たのだ…」
「…そっか」
レオリオはフッと息をつき、クラピカの頬に手を添えて上向かせる。
「先に言っとくぜ。オレは別に『据え膳』だからいただくわけじゃないぞ」
クラピカの身長に合わせるようにかがみこみ、顔を近づける。
間近に大きな琥珀色の瞳。
「…つまりさ、オレたちは両思いだったってわけだ…」
「レオ
─── …」
名を呼びかけた唇は、中途でふさがれた。
耳にうるさかった船のモーターの音がまったく聞こえなくなる。
永遠のように思える瞬間。
レオリオは一旦唇を離し、困ったように苦笑する。
「…何見てんだよ。こういう時は目を閉じるって、文献には書いてなかったか?」 
言われてクラピカは、初めて目を見開いていたままだった事に気づき、
思わず瞬く。
そして、ゆっくりとまつげを閉じた。
レオリオは再びキスをする。頬に、鼻先に、そして白い首筋に。
くすぐったさか、それとも恥ずかしさからか、クラピカは一瞬身をすくませた。
そのままレオリオは胸の上で固く結ばれたクラピカの手を取り、服の上から
指を滑らせる。
─── その瞬間。
(……んんっ!?)
レオリオは突然、感電したようにクラピカから飛びのいた。その顔は驚愕に
呆け、鳩が豆鉄砲をくらった
─── と言うには、あまりにもマヌケな表情で
硬直している。
「ど…どうしたのだ?」
驚いたのはクラピカも同じで、いきなり不可解な反応を示したレオリオに
問いかける。
「…ク、ク、ク、…クラ…ピカ……」
ようやく漏れた声には動揺の色がありありと含まれている。
レオリオはクラピカと、クラピカに触れた自分の手とを交互に見つめ、今しがたの
感触を反芻した。
「お・お・お前…、む、む、ムネが……っ」
レオリオは行為の手順の一環としてきわめて自然にクラピカの胸に触れた。
しかしそこには筋肉とは明らかに異なる柔らかい隆起が存在していたのだ。
医者志望の彼でなくとも、それが何なのかは理解できる。
─── クラピカの胸には、(ささやかながら)二つのふくらみがあった。
「ななっ…、なんで……あ、あ、…あるんだ……?」
当のクラピカは不思議そうにレオリオを見つめていたが、彼の発言が『胸』に
関する事とわかると、少し頬を染めて説明する。
「…サラシははずして来たのだよ。あれは巻くのもほどくのも時間がかかる
から……」
 
 
─── サラシを胸に巻いていた?

ここにきてレオリオはようやく決定的な事実を認識する。
「ク…クラピカ、おっお前……っ、……オンナ、だったのかぁっ!?」
「何を今…更……」
即答で肯定しかけて、クラピカはレオリオの動揺の理由に気がついた。
そして今度はクラピカの方が『鳩豆』な表情に変わったが、その眉と目は
次第につりあがり、恥じらいに染まっていた頬は蒼白く色を失ってゆく。
「……………………そうか……そうだったのか………レオリオ……」
静かな声は地を這うように低く、背筋が凍るように恐ろしく感じた。
「……つまりお前は、今の今まで私を『男』だと思っていて…、『男』の私を
好きで………抱こうとした……という事なのだな………?」
「い、いや、その、…そうだけど、でもな……」
ゆっくりと顔を上げたクラピカの、鋭く閃く瞳は鮮やかな緋色に変わっており、
レオリオは思わず絶句する。
「……レオリオっ!貴様ッ、衆道だったのかぁ
─── っ!!!!」
「ごっ、誤解だ
─── っっ!!」
怒りに我を忘れたクラピカは、素手でも普段の何倍も強い。レオリオは
生命の危険を感じ、部屋から逃げ出そうと駆け出した。
しかし緋の眼モードは戦闘に関するすべての能力を最大値まで高める。
当然、速さでもレオリオに勝ち目は無かった。
「違うって!オレはごくノーマルで、今回だけは特別って……」
「弁解無用!!見損なったぞ、この痴れ者が
───ッ!!!!!」
 
穏やかな波を掻き分けて進む船の一室で、壮絶な戦闘(つーか、一方的な
攻撃)が繰り広げられていった。

 


それからしばらく後、部屋の前の廊下を偶然、ハンター協会会長のネテロが
通りかかった。
「……ン?」
室内から漏れる哀願に近い声に気づいて、ふと耳を澄ます。
「……頼むよ〜…もう勘弁してくれよぉ〜……死んじまうよぉ〜…」
「ダメだ!誰がこれしきで許すものか、…逃げるなーっ!」
「お助けぇぇ〜〜……」
続いて激しく走る足音、床に倒れる物音、骨の軋むような音、そして世にも
哀れな悲鳴が響く。
「あの声は……確かサングラスの若者じゃな。……もう一人は、彼と一緒に
いたクルタ族の嬢ちゃんか?……と、ゆー事は……」 
しばし考えていたネテロは、やがて長い髭を撫ぜながらニンマリと笑った。
「そーか、そーか。ホッホッホッ、若いモンはエエのぉ。試験中だろーと
何だろーと『愛し合う二人には地球がベッド』とゆーヤツか。ぅヒョヒョヒョヒョ♪」
ドア一枚隔てた惨状を知ってか知らずか、ネテロは平和な高笑いを残して
その場を離れて行った。





翌日
───
レオリオは船上でクラピカに謝罪しようとしたが、トンパの思わぬ出現で
台無しになり、満身創痍の体と重〜〜い心をひきずって、第四次試験会場の
ゼビル島に到着してしまった。
 
昨夜の激しい怒りは幾分鎮まったものの、クラピカはツンとした冷たい
態度のまま、まともに口もきいてくれない。
しかしレオリオは諦めるつもりはなかった。
そもそも男だと思っていたから言動に移すのを躊躇していただけで、
ずっとクラピカを好きだったのだ。
女だとわかった以上、他に恋敵が現れる前に、何としてもオトしたかった。
 

上陸直前、レオリオは話を聞こうともしないクラピカに、なんとか一言だけ
告げる事ができた。
「オレはな、お前なら性別がどっちでも関係なく好きなんだからな!」
それを聞いてクラピカも考え直し、レオリオを許す事にして、同盟を組む
決意を胸に、彼の後を追ったのである。
二人が晴れてラヴラヴな恋人同士になれるのは、それからであった。



END