「星に願いを」




「クラピカ、そろそろ時間だぞ。こっち来いよ」
晩秋の深夜、いつもなら施錠して閉じられている窓を全開して、
レオリオが呼ぶ。
クラピカは読んでいた本をテーブルに置くと、窓辺で手招きする男の
そばへ、やれやれという表情で歩み寄った。
「まるで子供のようなはしゃぎぶりだな」
「いいじゃねえか。滅多に無ぇことなんだからさ。それより、見ろよ」
促されて見上げるのは満天の星空。流れ込む寒気に身震いするが、
宝石のように美しい無数の輝きに目を奪われずにはいられない。
─── あっ!見えたっ!」
歓声と共にレオリオは、夜空の一点を指し示す。
反射的に視線を走らせたクラピカにも、一瞬の閃きを残して消えゆく
流星が見えた。
今夜は、数十年に一度と言われる大流星群が観測できる日なのだ。
レオリオとクラピカが住む、この小さな町ではちょっとしたお祭り騒ぎに
なっており、ピークとされる時間の今、専門家やマニアのみならず、
世紀の天体ショーを楽しむべく、誰もが夜空を見上げていた。
「流星とは宇宙のチリや隕石のカケラが大気中を落下する際の
摩擦で燃え尽きる現象であって……」
「やめやめやめ。せっかくのロマンチックな場面に現実的な説明は
ナシ。……ほら、また流れたっ♪」
次々と流れる星を、レオリオは大喜びで捜している。
そんな彼になかば呆れ、なかば微笑ましく思いながら、クラピカは
無言で空を眺めていた。
「なんか、お前、感動ねーなあ。こういうの、興味無いのか?」
「そんな事は無いぞ。ただ、私が生まれ育ったルクソ地方は高地で
空気が澄んでいたので、流れ星はそんなに珍しいものでは無かった
のだ。……それに、」
一旦言葉を切り、クラピカは続ける。
「クルタ族では、あまり縁起の良いものではなかったのだよ。星が
流れて消えてゆく時は、誰かの命が消えるのだと言われていたの
でな」
「……そっか」

 ─── それに『流星』という名は、悪い記憶を連想させる。

「寒くねーか?」
レオリオは、己が身を抱きしめるようにして立っているクラピカを
引き寄せ、自分の肩にかけていたブランケットの中に包み込む。
彼の配慮を察し、クラピカは言葉を足した。
「気にしなくて良いのだよ。地方によくある、根拠の無いただの迷信
なのだからな」
「ああ、オレの故郷にも伝説があるぜ」
クラピカの胸元で両腕を交差するように抱きしめながらレオリオは
言う。
彼の思いやりはいつもごく自然で、気を使われる重さを感じさせない。
その心と同じく暖かい胸の中で、クラピカは続く言葉を待った。
「流れ星が消えない内に願い事を3回唱えたら、それが叶うんだ」
「おとぎ話のようだな」
あまりにもメルヘンな内容にクラピカは苦笑する。それでも頭ごなしに
否定するほど無粋ではないので、夜空を仰ぎながら言った。
「これだけ流れていたら、一つくらいは叶えてくれるかも知れないぞ。
願ってみたらどうだ?」
「お前の願いは何だ?」
「え?」
思いがけず問い返されて、クラピカはレオリオの顔を見る。
穏やかな瞳と視線がぶつかった。
「言ってみろよ。願ってやるから」
「…自分の願いをかければ良いだろう?」
「オレはいいの。一番の願いはもう叶ってっから」
言いながらレオリオはクラピカを抱きしめる腕に力を込める。
愛しそうに、優しく、そして力強く。
その仕草で、なんとなく察知できてしまった。
もう長年の付き合いだし、今更、恥じらうような仲でもないけれど、
あからさまに喜びを現すのもシャクなので、クラピカは微笑と共に
やわらかく拘束する彼の腕に手を添える。
それが精一杯の、嬉しさの表現。
レオリオには明確に伝わっており、彼は満足そうな笑みを浮かべて
クラピカの耳元に顔を寄せた。
「お前の願いは?クラピカ」
素直に言う性格でない事は百も承知でレオリオは問う。案の定、
予想通りの答が帰って来た。
「…私も、一番の願いはもう叶ったのだよ」
「そうか。んじゃ、二番目の願いをかけようぜ」
「お互いにな」
二人は目を合わせて笑い、再び星空を見上げる。
─── 叶うと良いな、お前の願い」
「お前もな」

願い事は口に出して言わなかった。だから二人は気付いていない。
同じ内容を願っている事に。




漆黒の夜空を流れる星々。
それは一瞬の煌きを残し、消えてゆく。
辛い思い出が次第に薄れ、やがては記憶の深淵に沈みゆくように。
流した涙も、今は遠い日々の彼方。


 ───
I want to shooting-star.

 君の願いをかなえる流れ星になりたい。

 この世界中で一番たいせつなひと それは君さ
───



             END
またしても未来話。 
数年後、どこかで一緒に暮らしているレオクラ。
元ネタは当然、しし座流星群です(笑)
ラストの三行は何かの歌詞だけど、出典不明★