「長月夜想」    

 
ゴンとキルアが2人の旅団員を追跡に行った後、レオリオは
ゼパイルという男から連絡を受け、宿にて合流した。
彼らはすぐに意気投合し、夜には酒盛りで親交を深めた。

「あいつら、遅いな」
「ああ。けど大丈夫だと思うぜ」
夜になっても帰って来ないゴンたちをゼパイルは心配するが、
レオリオは持ち前のプラス思考で楽観的に返答する。もちろん、
彼らに対する信頼の厚さもあっての事だ。
2人は酔いの回りに任せて饒舌に世間話や過去の武勇伝に
花を咲かせ、とりとめのない時間が過ぎてゆく。


「………いくらすんのかな」
深夜、会話も途切れた頃、カラの酒瓶を惜しむように逆さに
振っていたゼパイルは、レオリオがボソリと漏らした独り言を
聞きとめた。
見ると彼はオークションのカタログを開き、その中の1ページを
凝視している。
「何だ?ゲーム以外に何か欲しいものあるのか?」
「オレじゃなくて、知り合いがな……」
ゼパイルの問いにレオリオは紙面から目を離さずに返答する。
「ものすげー欲しがってるから、できれば手に入れてやりてぇん
だよな……」
それまでの軽快な口調とは異なり、深刻な面持ちで呟くレオリオに
ゼパイルはピンときた。
「知り合いって、『コレ』か?」
小指を立ててニヤリと笑うゼパイルに、レオリオはただ曖昧に笑う。
それを肯定の意味ととったゼパイルは更に食い下がった。
「欲しがってる物って何だ?宝石か?絵画か?アンティーク家具か?
見せてみな、推定額出してやっから」
そう言ってゼパイルはレオリオの見つめる紙面を覗き込む。
─── ☆ 何だこりゃ」
開かれたページには、防腐溶液に浸された一対の眼球の写真が
載っていた。
その瞳は世にも美しい緋色をしている。美術・芸術方面の素養を
持つ者でなくとも、見惚れずにはいられない。
クルタ族の眼球 通称・緋の眼
───
「……うすっ気味悪かねぇのかなあ。いくら希少だって言っても、
所詮は死んだ人間の目ン玉だろ?こんなモン大金出して欲しがる
奴の気が知れないぜ」
思わず言ってしまってから、ゼパイルはハッと気づいてレオリオを
見た。
「悪ィ。あんたの知り合いが欲しがってたんだよな」
黙ったままのレオリオに謝罪し、ゼパイルは更に言葉を続ける。
─── 美術的見地から言えば、これは確かに美しいと思うぜ。
合成じゃあ絶対に出せない色だし、自然の産物にも見た事ないし。
ある意味、並みの宝石なんかより魅力的な代物かも知れねえよな」
本気半分、フォロー半分のゼパイルにレオリオは苦笑する。
「別に気にしてないぜ。あいつはそんな理由で欲しがってるわけじゃ
ねえし。…それに、本物はこんな写真なんかとは比較にならねえよ」
「へ? ……って、あんた本物見たコトあるのか?」
レオリオの脳裏に鮮やかな緋の眼の面影が浮かぶ。
同じ街にいるはずなのに、再会を約束して来たのに、いまだ会えない
相手。
以前に何度かかいま見た『本物の』緋の眼は、意志の強さと生命力に
満ちた輝きをたたえており、最新の技術で印刷されたカタログ写真など
より、もっとずっと美しかった。
それは生きているからこその美。誰よりも強く気高い心の持ち主を
体現した瞳。
─── なぁ、これっていくらぐらいで落とせる?」
レオリオは改めてゼパイルに問いかける。ゼパイルはしばし考え込んだ
後に答えた。
「…マニア同士が競り合わなきゃあ、せいぜい5〜6億くらいだと思う
けどな。あんたもハンターなら、落とせなくもないんじゃねーか?」
確かにグリードアイランドよりは安値だが、一般庶民には気の遠くなる
ような額だ。
ゼパイルの言う『マニア』が値を吊り上げないとも限らないし、簡単に
落札できるとは思えない。
それに、欲しいのは今回出品される一対だけではないのだ。世界中に
流れているすべての緋の眼を手に入れなければ、意味は無い。
「一対が5〜6億、カケル数10ってとこか……質入れぐらいじゃ無理
だな……やっぱハンター証、売るしかねぇかも…」
「おいおい、マジか?」
なかば独り言のようなレオリオの呟きに、ゼパイルは呆れたように
聞き返す。
「そんなとんでもねえ大金出すほどのお宝か?そうまでして、何か
いいことあるのかよ?」
「ああ、あるぜ」
すべてが終われば、あの細い肩に背負った十字架から解放される。
そうしたら一族の名に縛られず、自由に自分の人生を生きられるように
なる。その時には。
「あいつは、オレのところに来てくれる」
「…は?」
「そしたら、この手で幸せにしてやるんだ」
レオリオの言葉にゼパイルは目を丸くする。多少アルコールが入って
いても、意味は理解できた。
「…あ、そ。そーいうことね」
己の野暮な発言を悟ると、ついからかいたくなるのも人情で、ゼパイルは
更に突っ込む。
「しっかし、そりゃまたえらいデカい結納金じゃねーか?一体どこの
お姫さんもらう気だよ?」
「この世で一番美しい亡国の姫君だよ」
臆面のないレオリオの返答を聞き、ゼパイルはピュウと口笛を吹いた。
「へぇえ。そんな美人なら、一度拝ませてもらいてーなぁ」
「その上、気も強い、プライドも高い、強情で、口も達者ときた。腕っぷし
なんかも、マジで怒らせたら、オレなんか片手でたたまれちまう」
「………やっぱ紹介いいわ」
とてもノロケには聞こえないセリフだが、レオリオは実に嬉しそうな表情で
語っている。
「おかげで、もう他のどんな美女も目に入らなくなっちまったよ。あいつと
一緒になれるなら、ハンター証くらい喜んで売るんだけどな……」
今は亡き一族の末裔。取り返したいのは、蹂躙された誇り。同胞の魂の
安息。緋の眼はその象徴。
それをわかっているから、復讐の道へ進む事を止められなかった。
そして想いも止まらない。せめて協力したい。だけど自分はあまりに
非力で、他に何もできないのなら、せめて金で済む事だけでも
───
(……こんな事を言うと、またあいつに怒られるかな…)
初対面の頃に交わした会話を思い出して、レオリオは自嘲気味に微笑する。
仮にハンター証を売却して緋の眼を全部入手できても、蜘蛛への復讐が
終わらなければ、自分のそばにとどまってはくれないというのに。
 
─── 愛情だけでは救えない。
 
─── 力だけでは守れない。
どんなに想っても、自分の願いだけでは『2人が』幸せにはなれないのだ。
「ハンターになっても、大金があっても、どうにもならない事もあるんだ
よなー……」
「…よっぽど惚れてんだなあ」
少し沈んだレオリオの口調に、ただならぬわけありと推察したゼパイルは、
それ以上追求するのもからかうのもやめた。
「いいねえ、青春だねぇ。思い出すなー、オレも昔、むちゃくちゃ惚れた
女がいたもんさ。ものの見事にふられたけどな」
ゼパイルは新しい酒瓶を開栓し、グラスに注いでレオリオに渡す。
─── うまくいくといいな」
「もちろん、うまくいってみせるさ」
2人は健闘と自信の意を込めて、乾杯をした。


 
 夢を追う狩人たちの集まる街、ヨークシンシティ。
 伸ばした手に何を得るのか、そして何を失うのか、それは誰も知らない。
 無数の人々の、様々な感情を内包して、9月3日の夜は更けていった。
             

                  END     

      

※作者注※
レオリオ視点で男っぽい話が書きたかったんですが、気づいたら
最初の構想とかなり違ったものになってしまいました(汗)