「再会〜Tears〜」 |
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「─── これでやっと、クラピカの一番したかった事に集中できるね!」 明るい声でゴンに言われて、クラピカは目から鱗が落ちたような 気がした。 (したかった事……私が一番したい事?) 心の襞の奥深く、幾重にも鍵をかけて仕舞いこんでいた感情が 引き出される。 (私が、ずっと望んでいたのは……) 木造蔵が売れた後、レオリオはゼパイルと共に祝杯を上げるべく 飲み屋を探していた。落札価格に不満そうなゼパイルをからかい ながら、市街を進む。 そんな時、レオリオの携帯が着信反応で震えた。 「もしもし?」 ゴンかキルアのどちらかだろうと、軽い気持ちで受信する。 しかし流れたのは予想外の声だった。 『…レオリオ?…私だ』 「─── !!」 澄んだ声音は間違いようもなく記憶の中にあり、この半年間、 一日も忘れた事は無い。レオリオは思わず聞き返す。 「クラピカ!?─── 本当に、お前か!?」 『ああ、私だ。……久しぶりだな』 「……クラピカ…!」 歓喜のあまり破顔する。周囲の雑踏も喧騒もレオリオには届かず、 電話の向こうの声どころか気配までも聞き取らんばかりに耳を 澄ました。 「…今、どこだ?ゴンたちと会ったのか?」 『一緒にいる。今から3人で、お前たちの泊まっているホテルに 行く』 「わかった。オレもすぐ戻る」 本当はもっと会話したかったけれど、直に会う方がずっと良い。 レオリオは慌しく携帯を切り、ゼパイルを振り向いた。 「悪ィ、大事な用ができちまった。祝杯は今度な」 片手を顔の前に上げ、拝むようにレオリオは頭を下げる。しかし その表情には嬉しさが滲み出ており、事態を直感したゼパイルは 煙草の煙を吐き出しながら言った。 「かまわねぇから早く行きな。オレは小切手の確認がてら、別の 掘り出し物を探して来るからよ」 「そっか。じゃ、またな」 挨拶もそこそこに、レオリオはホテルを目指して駆け出して行く。 その後ろ姿を見送りながら、ゼパイルは呆れたように、そして 微笑ましそうに笑った。 ホテルに着いたのはレオリオの方が先だった。ロビーと玄関を 行ったり来たりしながら、じれったそうに3人の到着を待っている。 「……この時計、遅れてんじゃねーだろーな」 自分の腕時計と携帯の時計機能、更にはフロントの時計までも 見比べながらソワソワと歩き回るレオリオの姿は従業員にとっても 宿泊客にとっても不審の的だった。しかしどうにも落ち着かず、 じっと座ってなどいられない。 「─── レオリオ!」 ふいに響いたゴンの声に、弾かれるようにレオリオは振り向いた。 同時に、待ちわびていた姿が視界に飛び込む。 (クラピカ……!) 軽い足取りで近づくゴンとキルアの後ろに、クラピカがいた。 「お待たせー、レオリオ。やっとクラピカと会えたよー」 正面から話しかけるゴンの声がずいぶんと遠く聞こえる。 レオリオは相槌を返しながらも、その目はクラピカだけに釘づけ られていた。 ─── それはクラピカも同様であるが。 「……じゃ、オレたち1時間ほど出て来っから」 「え?」 突然のキルアの言葉にゴンは不思議そうな瞳を向ける。 「どうして?せっかく皆そろったのに、どこ行くの?」 「いいから、とりあえず茶菓子でも買いにさ」 釈然としない様子のゴンを引っ張りながら、キルアは玄関へと進む。 そして外へ出る直前、横目でレオリオに意味ありげな笑みを向けた。 ─── 1時間。 それはキルアがレオリオとクラピカに与えてくれた猶予の時間。 半年ぶりの再会を2人きりで過ごせるようにと。 12歳の子供にそんな気を使われるのは照れ臭かったが、嬉しい事に 変わりは無い。 レオリオはキルアに感謝して、改めてクラピカに向き直った。 「……よぉ。久しぶりだな」 「…ああ」 「元気だったか?」 「…ああ」 この数ヶ月間、切望していた瞬間なのに、もっと言いたい言葉が ある気がするのに、どうもうまく言葉が出ない。 レオリオはありきたりで素っ気無い挨拶しかできない自分に困惑する。 しかし次の瞬間、我が目を疑うような現実に直面した。 クラピカの頬─── いや、見開かれた瞳から、透明な雫がハラハラと 流れ落ちている。 直立し、じっとレオリオを注視したまま、まばたき一つせず、クラピカは 泣いていた。 「ク…クラピカ?おい、どうしたんだよ?」 問われて初めて、クラピカは自分が泣いている事実に気づいたよう だった。 「……お前の顔を見て…、気が…ゆるんだのかも知れないな……」 言葉を紡ぐと、更に涙があふれ出る。 「クラピカ……」 「すごく……ホッとした……」 淡く微笑みながら、それでも涙は止まらない。こんなクラピカを 見るのは初めてで、レオリオはほとんど無意識に抱きしめていた。 柔らかい身体の感触は以前と変わらないが、どことなくやせたような 気もする。 少し伸びた金の髪。伝わる体温。嗚咽を堪えて震える肩。 苦しがらないように力を加減する余裕も無く、細い背中をかき抱く。 愛しさで胸が詰まりそうだった。 ─── ふと、視線を感じてレオリオは閉じていた目を開ける。 すると、ロビーにいる客や従業員の全員が自分たちに注目して いる事に気づいた。 恋人同士の再会というシチュエーションは察せられたようだが、 人目をはばからぬ抱擁は周囲の興味と好奇心を引くのに充分 だったようだ。 さすがにレオリオも、これだけの人数に見られていては恥ずかしいし、 クラピカの涙を衆目に晒したくはない。 結局、彼はクラピカを連れて自分の部屋へと移動した。 「……すまない…。こんなつもりでは……なかったのに……」 部屋に入っても、クラピカはまだ泣いている。無理に涙を止めようと 目をこする手を抑え、レオリオはクラピカと並んでソファに座ると 宥めるように肩を抱いた。 「いいよ。気にすんなよ」 クラピカが泣いているのは、再会できた嬉しさのあまり─── などと いう甘い理由ではないだろう。 本人が言った通り、安心したというのも確かにあるだろうが、それだけで 涙腺が壊れるような性格ではない。 レオリオには心当りがあった。旅団と遭遇したキルアたちから聞いた 情報。 ─── 旅団の一人と戦って、殺った。 それともう一つ。─── 旅団の頭が殺された。 どちらもクラピカにとって、いろんな意味でショックだったであろう出来事。 きっとその当時も、感情を押し殺していたのだろう。今のように泣く事 などできずに。 愛しい思いと共に、己に対する無力感が押し寄せる。 (…オレはまだ医者でもないし、念も纏までしか使えない。金も力も 中途半端で、クラピカに何もしてやれねぇ……) ─── できるのは、ただ抱きしめることだけ。 レオリオはクラピカを自分の胸に抱き寄せて言った。 「『ここ』はお前のテリトリーだからな。好きにしていいんだぜ」 「…………」 レオリオに促されるまま、クラピカは彼の胸に顔を埋める。そして 実感した。 ─── 私はずっと、レオリオに会いたかった。 ─── こうやって、抱きしめてほしかった。 ─── この胸の中で、思いきり泣きたかったのだ…… パドキアで別れてから今日まで、実に様々な出来事があった。 辛い事も、悲しい事も、憤る事も、苦にはならなかったが、笑う事も 無くなった。 ゴンと再会して、ようやく笑い方を思い出したけれど、涙は5年前に 流し尽くして、もう二度と泣くことは無い、泣いてはならないと思って いた。 ─── だけど。 「泣いていいんだぞ」 レオリオの存在は、クラピカを救う唯一の光。ただひとり、真の心を 許せる相手。 優しい声が、その思いやりが、封印した感情を呼び起こす。 他の誰も─── 自分自身さえも許さなかった事を、いとも自然に 許諾してくれる。 クラピカはレオリオにすがり、声を上げて泣き続けた。 傷ついた心が流す血のように涙は流れる。それと比例して、胸の 痛みは少しずつ薄らいでいった。 (…泣けばいい。心の済むまで泣けばいいさ……そして気が済んだら、 生きてく決心をするんだ。時期が来たら……オレと一緒に……) 子供のように慟哭するクラピカを抱きしめながら、レオリオは誓う 自分は生涯、クラピカを守り、そして癒す唯一の存在でいると。 ※裏へ続く(^^;) |
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