「M」




 〜Medical〜

「上着を脱いで、横になって」
クラピカはセンリツに言われるまま、ベッドに体を横たえる。
念による戦闘で激しく疲労していたクラピカを見かねて、
センリツは治療を申し出てくれていた。
─── 癒しの曲」
そう言ってセンリツはフルートを吹き始める。
穏やかで美しい音階は疲弊した体に心地良く響き、まもなく
クラピカは眠りの中に落ちて行った。



 〜Melody〜

─── どうしてこんなに苦しまなくてはならないのかしら…)
昏々と眠るクラピカを見つめながらセンリツは思う。
自分よりも年下であろうクラピカの細い面差しに落ちる影は、
戦闘の疲れによるものだけではない。

 惨殺された一族の生き残り。
 たった一人での復讐。
 その為に、自分のすべてを犠牲にしようとしている。

(せめて、眠りの中に在る今だけは安らぎを得られるように)
思いを込めてセンリツはフルートを吹いた。



 〜Mind〜

演奏が終わった。
クラピカはまだ眠っている。毛布を掛け直そうとして、センリツは
ベッドの端に置かれていたクラピカの上着を ふと取り落とした。
─── あら…?)
拾い上げた上着の胸元に隠しポケットがある事に気づく。
中には、そう古くない写真が一枚だけ入っていた。
写っているのは現在とは別人のように明るい笑顔のクラピカ。
そしてその隣にはセンリツの知らない人物がいる。
長身に黒髪、ダークカラーのスーツとサングラスで決めた伊達男。
クラピカの肩に回されている手は実に自然で、とても親しい仲
だと察せられた。
(ああ…そうなんだ……)
センリツは直感し、ある意味安堵する。クラピカにも心の支えと
する存在があるのだと。
元通りに写真を仕舞い、毛布に上着を重ねて掛け直すと、
センリツは再びフルートを手に取った。



 〜Memory〜
 
 夢の中で夢を見る。
 静かな音色が優しい記憶を呼び起こす。

 『クラピカ……』

 懐かしい声が名前を呼ぶ。
 今はそばにいない愛する者と一緒に、笑っている自分がいる。
 荒天の船の上で。
 延々と続く地下道の中で。
 飛行船の片隅で。
 異国の空の下で。
 それは共に過ごした楽しい思い出。確かに存在した過去の螺旋。
 続いて浮かぶのは、幸せな未来の想像図。
 彼の故郷に建つ小さな診療所。
 自分の横には、白衣を着た彼。
 静かで満ち足りた日々。

 
─── それは幻。現実には有り得ない。
 だけど、希望へとつながる微かな光。



 〜Message〜

─── 流石だな。センリツ、礼を言う」
目覚めた時、ほとんど回復している体にクラピカは正直驚いた。
戦闘後の消耗は予想以上で、内心 このままでは先が不安だった
のだ。
「気にしないで。
─── それに、あたしにできるのは体の治療だけ
だから」
センリツは心の中でクラピカに告げる。


  
─── 心の疲労は治せないのよ。
  早く貴方の心を癒してくれる人と会えると良いわね。

  心からの笑顔と共に。



             END
※注意※
タイトルの「M」は各章の頭文字です。決してアヤしい意味ではありません(汗)