「雨宿り」 |
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ハンター試験が終了した後、パドキア行きの飛行船の出発時刻まで、 傷を負ったゴンをホテルに残してレオリオとクラピカは外出した。 レオリオは服や身の回り品の補充に。クラピカは武器のメンテナンスに。 少ない時間の中でも、それぞれのポリシーは健在である。 「─── よう」 「……偶然だな」 街の一角でレオリオとクラピカは出くわした。別に待ち合わせたわけ ではなく、本当に偶然。 「用事とやらはもう終わったのか?」 「まーな。見ろよ、大漁だぜ♪」 レオリオは嬉しそうに両手に持った買い物袋を掲げる。その、いかにも 彼らしい様子を見て、クラピカは呆れたような嘆息と共に苦笑した。 「一雨来そうだぞ。私はもうホテルに戻るが、お前はどうする?」 「ああ、オレも戻る」 頭上では暗い雲が広がっている。2人はそのまま連れ立って道を 歩き始めた。 それを追うかのように雲行きはますます怪しくなってゆく。 レオリオとクラピカは近道を選んで大通りを抜け、公園に入った。 ほぼ同時に、雨粒が落ち始める。 「ヤッベー、とうとう降って来ちまったか」 「この地域は天候が変化しやすいと聞いていたが、その通りだったな」 「クラピカ、傘持ってねーのか?」 「ホテルに置いてある。お前は?」 「オレもホテルに…」 「では、急ぐしかないな」 しかし駆け出す2人の行く手を阻むかのように雨の勢いは あっと いう間に増し、激しい土砂降りとなってしまった。 やむなく、一時しのぎの雨宿りに園内の東屋に飛び込む。 「…ひっでぇ目に遭ったなぁ。ずぶ濡れだぜ、ったく」 雨を吸ってすっかり重くなった上着を脱ぎながらレオリオは一人ごちる。 自慢のスーツは台無しだが、買ったばかりの戦利品が無事だったのは 幸いだ。 「通り雨だ。じきに止むさ」 クラピカの言葉にレオリオはふと目を向ける。同じだけの雨量を浴びた 青いマントは更に濃い色に変わり、裾からは水滴がポタポタとしたたり 落ちていた。 「おいクラピカ、それ脱いで拭いとけよ。濡れたモン着てたら風邪ひくぞ」 「ああ、そうだな…」 同意してクラピカは自らのマントに手をかける。しかし途中で動きが 止まった。 「どした?」 「…何でもない。私はこのままで平気だ」 「このままって、お前……」 「いいから、かまうな」 クラピカは言い切り、カバンから取り出したハンカチで顔や髪を 拭いている。 しばし不思議そうに様子を見ていたレオリオだが、その動きを目で 追う内、ふと気がついた。 長袖に覆われたクラピカの腕の線が、いつもよりはっきりと見える。 (……ああ、そうか─── …) マントの下に着ているのは白の上下。白色の繊維は濡れると透明度が 増す。その上、水の重みで体に張り付いていた。 ─── だからマントを脱ぎたくないのか。 常に毅然として隙の無いクラピカだが、なんとも可愛いらしい部分が あるものだと思い、レオリオの顔に微笑が広がる。 レオリオは手にしていた買い物袋の中からガサガサと一つの包みを 取り出した。 「クラピカ」 呼ばれて振り向いたクラピカの肩に、何かがフワリと重なる。 「風邪ひくからマントは脱げ。代わりに、それ着てろよ」 「え……?」 掛けられていたのは新品のトレンチコート。手触りで最高級の仕立て だとわかりクラピカは思わずタグを見た。 「…『ヴェルマーニ』のレザーではないか。こんな高級品、濡らしては ダメだろう?」 「かまわねぇよ。それに他はズボンとかシャツとかネクタイとかで 役に立たねーしな」 「…でも、」 「いいから着ろ。お前に風邪引かれたら困るんだ」 びしっと指を突き付けるように断言され、クラピカは言葉を失う。 確かに、これからパドキアに向けて旅立たねばならないのだし、健康を 損ねるわけにはゆかない。 これしきの雨に当たったくらいで風邪など引くものか───と反発する 自分の声が頭のどこかから聞こえたけれど、口には出さなかった。 クラピカは4年前から人の優しさに触れる機会が少なくて、こういう時の 対処には困ってしまう。特にレオリオの場合、拒否を許さないほどに 一方的だ。しかし決して不快ではなく、むしろその強引さが快い。そして いつも、クラピカが折れるしかなく なるのだ。 「…わかった。ありがたく拝借しよう」 「そうそう♪人の好意は素直に受けるもんだぜ」 満足そうに笑うレオリオに背を向けてクラピカはマントを脱ぎ、改めて コートを羽織る。身長も肩幅も大きく異なるレオリオサイズのコートは クラピカを、まるで子供のように幼く見せた。 その愛らしさにレオリオは思わず失笑する。 「……何がおかしい」 「いや別に。なかなか似合ってるぜ♪」 彼の心境を悟り、クラピカは上目使いに睨みつけるとプイと横を向いて 石造りのベンチに座った。 「お前が大きすぎるのだよ。私やゴンと同じ10代だなどと、絶対に 偽証だな」 「お☆そーゆー事を言うか?」 「真実だろう。ウドの大木のように伸びて、一体何を食べて育ったのか 疑問だぞ」 「かっわいくねぇなぁ」 「お前に可愛く思われなくても良い」 「……あ、そ」 呆れたような声と共にレオリオが歩み寄る。クラピカは既に言いすぎたと 自覚していたが、今更謝れない(謝る必然性の有無は別として)。 と、肩に手をかけられた。コートを返せ、と言うのだな、と予感する。 しかし次の瞬間、クラピカの視界が暗く遮られた。同時に、唇に何かの 触れる感触。 「─── …!?」 それがレオリオの唇だと認識するまで、しばしの時間がかかった。 クラピカの思考回路は一旦停止し、呼吸さえも忘れてしまう。 レオリオが離れて、ようやく我に返った。 「……なっ、何をするのだっ!?」 「生意気な口をふさいだだけさ」 しらっとした口調でレオリオは言ってのける。その表情は明らかに 確信犯の笑顔。 「お、お前という奴は……っ(///)」 「おっと攻撃はナシ。新品のコートのレンタル料だよ。イヤなら返すか?」 悪戯が成功した少年のようにレオリオは笑う。クラピカがコートを 脱げない事を承知で言っているのだ。 「…お前のそういう軽薄な所が気に入らないのだよっ!」 「そうか?オレはお前のこと好きだぜ」 「〜〜……」 こともなげに発された言葉にクラピカは絶句する。頬が熱く染まるのが 自分でもわかり、悟られぬようレオリオに背を向けた。 いきなり唇を奪うなど、失礼千万である。しかし、驚きはしたが嫌悪や 怒りは無い。─── その事実にこそ困ってしまうのだが。 狭い東屋の外では、雨がひっきりなしに降り続いている。 「雨、止まねーなぁ…」 ドサリと腰を下ろす音と共に、クラピカの背中に少しばかりの加重が かかった。 口先では反発めいた事ばかり言っていても、試験期間中、ずっと 一緒にいて慣れたせいか、間近に感じる気配は安堵を誘う。 互いの体温が伝わる感触は心地良く、体ばかりか心まで暖まるような 気がした。 2人は無言のまま、視界に落ちる雨粒を見つめる。 雨雲は間もなく通りすぎてしまう。 もう少しだけ、この雨が続く事を願ってしまった。 |
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END
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