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『緋の眼』とはクルタ族固有の特質。感情が激しく昂ぶると、
眼の色が鮮やかな緋色に変わる。その美しさは世界七大美色の
一つに数えられている。
それゆえ、彼らの存在を知った強欲な輩に狙われる事も多く、
元々少数民族だったクルタ族は辺境の地に逃れ、細々と血統を
繋いでいた。
それは同時にクルタの代名詞でもある緋の眼を存続させる事でも
あったのだ。
緋の眼は、クルタ族同士の間では100%遺伝するが、他の血が
混じると極端な劣勢遺伝で、混血児には発現しない。
誇り高いクルタ族は純粋な血統と緋の眼を守る為、あえて存在を
秘匿した。
そして集落を出る者も新たに入る者も ほとんど皆無で、同族間のみ
での婚姻が当然の事として行われ続けた。
しかし時が経つにつれ、閉ざされた種は限界を迎える。
出生率の低下と共に若者の結婚相手が不足し、やがて、存続の
願いもむなしく、断絶は避けられぬと誰もが知る。
それでも、あと何代かは続くはずだったのだ。
幻影旅団さえ現れなければ。
族長の孫娘クラピカは唯一の生存者だった。
悲哀と絶望を乗り越えて、彼女は一族の復讐を誓い、数年の後に
それを果たした。
そこに至るまでには筆舌に尽くし難い困難と、迷いと、屈辱と、
悲しみが存在したが、紆余曲折の末、本懐を遂げる事ができた。
すべてを終えたクラピカは、レオリオの度重なる説得と押しの強さに
根負けする形でプロポーズを受け、彼の故郷に移り住んだ。
既に純血のクルタ族はクラピカただ一人。一族の復興が不可能な今、
異国人の血が混じろうと何の問題も無い。
やがて、幸せな日々を送る2人の間に子供が生まれる。
レオリオは出産に立ち会い、我が子の誕生をそれは喜んでくれた。
「お前にそっくりだな。将来、美人になるぞ」
「……目の色は、お前ゆずりだな」
娘の顔を見つめながらクラピカはつぶやく。
開いたばかりの彼女の眼は父親と同じ色をしており、明らかにクルタの
特質は無く、クラピカは安堵した。
─── 『クルタ族』の名を引き継ぐのは、自分が最後なのだから。
一年後。
よちよち歩きが出来るようになった娘は、庭の垣根越しに道を通る
犬を見かけて手を伸ばし、大きな声で吠えつかれた。
「─── どうしたのだ?」
驚きと恐怖で号泣する娘の声を聞きつけ、部屋から出てきたクラピカは
すぐに抱き上げあやしてやる。
しかしその時、信じられないものを見た。
母にすがりつく娘の瞳は、涙にも曇らぬ鮮やかな緋色をしていたのだ。
(緋の眼……!?)
自分以外の緋の眼を見たのは何年振りだろう。
硬直するクラピカの腕の中で幼い娘は徐々に機嫌を直し、やがて涙の
跡を頬に残したまま、にっこりと笑った。
感情の変化と共に瞳の色も、平常時の色へと戻ってゆく。
純血のクルタの子供は、生まれ落ちた瞬間から緋の眼が発現する。
まさか一年も、いや、もしかすると本当はもっと早かったのかも知れ
ないが、時を置いて現れるなどクラピカは聞いた事が無かった。
もっとも、かつてクルタ族には混血児そのものが ほとんど存在しない
状態だったので、データとしてはまったく意味を為さないのだが。
クラピカは愕然とした。
いつか娘が成長した時、史実としてクルタ族の事は教えるつもりで
いた。
しかし『惨殺された一族の末裔』という十字架も、『眼を狙われるかも
知れない』という無意識下での不安も、『緋の眼を衆目に晒しては
ならない』という規制も、何一つ背負わせたくはなかったのに。
クラピカはこの事をレオリオに話し、珍しくも弱音を吐いた。
自分ならば何にでも耐える自信はあったが、幼い娘にふりかかって
しまった宿命の重さに自責を感じずにはいられない。
しかしレオリオは。
「そうか」
と言ったきり、いつもの穏やかな表情のまま、すやすやと眠る娘を
見つめている。
「…どうしたら良いのだろう」
クラピカは不安だった。
幻影旅団は既に無い。だが、緋の眼を欲しがる輩がすべてこの世から
いなくなったとは思えない。もしもこの幼い愛娘が、いずれ自分と同じ
ような人生を辿る羽目にでもなったりしたら。
考えるだけでぞっとする。クラピカは思わず身を震わせた。
「クラピカ」
レオリオはクラピカの心情を察し、優しく抱き寄せる。
彼の温もりはいつも、どんな時でもクラピカの心を癒してくれた。
眼鏡の奥の瞳を娘に向けて、レオリオは言う。
「この子はオレとお前の子だ。きっと強い娘に育つ。そしてお前と同じ
ように、緋の眼を誇りに思うようになるさ」
「……でも」
「もしも狙って来る奴がいたら、オレたちが守ってやればいい。親と
して、ハンターとして、当然のことだろ?…どうせいつか、どっかの
野郎のとこに行っちまうんだ。その時まで、全力で守ろうぜ」
ふとクラピカは、レオリオのプロポーズの文句を思い出した。
─── 『オレがお前を守る。心も体も、もう誰にも傷つけさせねえ』───
それは、山ほど告げられた求婚の台詞の中でも1番印象的だった。
彼は、戦闘能力ではクラピカの方が上だと承知でそう言ったのだ。
だけどクラピカにはどんな言葉よりも嬉しく、『YES』と答えるきっかけ
になった。
クラピカはレオリオの胸にもたれ、眠る娘に視線を落とす。
「……この子も、お前のような相手に出会えるだろうか?」
「もちろんさ。お前だってオレと出会ったんだから」
「…そうだな」
レオリオの言葉は呪文のようにクラピカを力づけた。
クルタ族最後の娘は、純血の同胞をすべて失ったけれど、異国の男と
出会い、愛し合い、幸せな妻・そして母になった。
同じ緋の眼の宿命を背負うのなら、結末までも同じはず。希望だけは
決して捨てない。
クルタの血を継ぐ娘に、天の同胞の加護あれとクラピカは祈った。
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