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合流の後、レオリオ・クラピカ・ゴン・キルアの4人は、それぞれの
役割分担を決め、ホテルを出た。
運転手役のレオリオを伴い、クラピカが最初に向かったのは、
ショッピングモール。
「いずれ私の顔写真もハンターサイトに掲載されるだろうから、
不自然でない程度の変装が必要だ」
それが理由だったのだが、レオリオはなぜか異様に楽しそうに同行
している。
若者向けのファッションブティックが並ぶフロアに入ると、レオリオは
突如クラピカの腕を引いた。
「こっちこっち。向こうにいい店入ってっから♪」
そのウキウキとした口調に何やら不穏な気配を察しながらも、
クラピカはレオリオに引っ張られて行く。
そして。
「………」
クラピカは唖然と絶句する。到着した店のメインカラーはピンクと
赤と黄色。
小物は花とぬいぐるみ。全体的なデザインは、フリルとレースと
リボンの結集。
そこは『ピンワハウヌ』という有名な少女趣味ブランドだった。
「……レオリオ…」
「ほぉ〜らほら、こーんなかーいいワンピがあるぜー♪」
クラピカの引きつった表情にも気づかず、レオリオは一枚の服を
向ける。
その服は胸元にリボンが縦に五つほど並び、膝下まで覆うスカートの
裾には何段ものレースとフリルが貼りついていた。
「…れおりお」
「これもい〜なぁ♪乙女の憧れエプロンドレス!モノホンのレースだぞv」
続いて寄越したのは、先刻のよりはまだ控えめな、白いエプロン付きの
ギンガムチェックのワンピース。肩と胸に繊細なレースがフリル状で
縫いつけられている。
「レヲリヲ」
「う〜ん、こっちも捨て難い。いっそシンプル路線でいくか?ペアの
オーバーブラウスと合わせてさー。どーだー♪」
そう言って押し付けたのは、小花模様のキャミソールワンピース。
フリルやリボンの数は少ないが、全体が華やかなプリントだった。
「うっひょ〜v似合うじゃねーかクラピカ。これなら絶対誰もお前だ
なんてわからねぇよ♪」
─── ブチ。
ほどなく、ヤングカジュアルの店にて 頬を赤く腫らした男を連れて
服を選別する金髪美人の姿があった。
レオリオの推薦を一切蹴り、クラピカが購入したのは黒無地タートルの
プルオーバーと、同色のパンツ。そして大きめの帽子。
レオリオは少なからず落胆している。この機会に、思いきり可愛い少女
らしい格好をさせてみたかったのに───── などとは、クラピカには
とても言えないが。
「行くぞ、レオリオ」
用は済んだとばかりにフロアを去るクラピカの後に続きながら、
レオリオは溜息をつく。
─── ふと、通りすぎかけたレディスショップの一角に目が止まる。
そこには最近流行のウィッグが並んでいた。
「クラピカ、あれは?」
無視されるのは承知でレオリオはコーナーを指差す。
ところが、一瞥したクラピカは足を止め、しげしげと眺めながら言った。
「そうだな。髪型が違えば印象も変わるだろう。良い提案だ、見に行こう」
思わぬ同意にレオリオは目を見張る。クラピカはさっさと店内に入り、
品定めを始めた。
「いらっしゃいませ。どのようなものをお探しですか?」
若い女性店員が愛想良く接客に来る。
「私だとわからぬようになりたいのだが」
「─── は?」
レオリオは慌てて店員とクラピカの間に割って入り、フォローした。
「つ、つまり変身したいって意味だよ。今の髪型にも飽きたから、てっとり
早く別人になりたいんだってさ」
「ああ、そう言うことでしたら……」
店員はレオリオの説明に納得し、壁にかけてあるウィッグの中から
ロングの巻き毛を取り出した。
「こちらはいかがでしょう。ゴージャスで個性的ですし、とても人目を
引きますよ」
「それは困る。目立つわけにはゆかないのだ」
「……はぁ?」
たいていの若者は目立つ為に『変身』したがる。それを否定する発言に、
店員は不思議そうな顔をした。
「いや、その、こいつ恥ずかしがり屋なんだ。さりげなーく変わりたいん
だと」
再びフォローに入るレオリオ。
「はぁ……では、こちらはいかがでしょうか?」
店員は今度はスタンダードなロングを差し出した。飾り気も何も無い
シンプルなものだったが、クラピカの目には叶ったらしく、自分の髪の
色や毛質と見比べたりしている。
「それに決める。今すぐつけて帰りたいのだが」
「はい、ありがとうございます。では、おつけいたしますのでこちらへ
どうぞ」
クラピカは店員に連れられて奥の鏡に向かう。
その後ろ姿を見つめるレオリオに、別の店員が声をかけた。
「お二人でお買い物ですか?お若い方は良いですねぇ」
「はぁ…どうも」
「うらやましいですわー。本当にお綺麗で素敵な彼女ですこと」
年配でベテラン風の店員は客の喜ぶツボを心得ている。社交辞令は
百も承知だが、言われたセリフは真実なので、レオリオは胸を張って
自慢した。
「ああ、世界一の美人だよ。あいつを惚れさせたのはオレだけなんだぜv」
「まあ、ごちそうさまです」
まもなく、ウィッグをつけ終えたクラピカがこちらに戻って来た。
「……どうだ?」
「ヘェー…」
レオリオは思わず見惚れてしまう。帽子のせいで違和感が無かったせいも
あるが、今までショートしか見たことの無い彼にとって、、『ロングヘアの
クラピカ』は新鮮な感動だった。
「いいじゃねーか。スッゲ似合ってるぜ。マジ別人みたいだし」
「そうか。ならいい」
そう言ってクラピカは会計に向かう。
しかし、レオリオはその横から自分のカードを差し出した。
「オレが払うから。コレで頼むな」
「レオリオ?何を言うのだ。これは私の買い物だぞ」
「いいから、いいから」
「いや、そういうわけには───」
「いーんだってば」
二人はしばし問答したが、結局レオリオが支払う事でその場は収まった。
「どういう風の吹き回しだ?レオリオ。こんな物でもけっこう高価なのに、
金の亡者のお前らしくないことをして」
「理由がいるなら、オレが勧めたからって事にしとくさ」
少し困惑した様子のクラピカに、レオリオは片目を閉じて答える。
「─── それに、いいもの見せてもらったしな」
言いながらレオリオはクラピカの肩からこぼれる長い髪に触れた。
それなりに品質の良いウィッグは手触りも柔らかく、一見して偽物とは
わからない。
「やたらと触るな。取れたらどうする」
「このくらいで取れやしねぇよ。滅多に拝めない姿なんだからいいじゃ
ねーか。すっげーカワイイし、─── 惚れ直したぜ」
最後のささやきに、クラピカの頬が赤く染まる。そして、なおも嬉しそうに
髪を撫ぜ続けているレオリオの手を払いのけると言った。
「誉め言葉はそのまま受け取るが─── 先刻、妙な事を言っていたな。
誰が誰を惚れさせただと?」
─── ギク。
「……あ、聞こえてた?」
内心で汗をかきながら、レオリオは笑顔を作る。美しくも冷ややかな
視線が痛い。
「当たり前だろう。お前の声はよく通るのだ。あの言葉は撤回してもらうぞ」
「撤回って、お前……」
クラピカの指がレオリオの眼前に突き出される。念鎖は具現されて
いないが、それでも、ある種の恐怖というか威圧を感じた。
「『惚れさせられた』覚えは無い。私は自分の意志でしか動かない。
覚えておけ!」
「───………」
レオリオはポカンと目を丸くしてクラピカを見る。そして次には、世にも
嬉しそうな笑顔が広がった。
少し赤くなったまま、睨むように見ているクラピカが愛しくて仕方ない。
レオリオは感情のまま抱きしめようと腕を伸ばす。
─── が。
クラピカはフイと踵を返し、レオリオに背を向けて 傍のショーケースに
貼りついた。
「……オイ☆」
せっかくのいいムードをあっさりかわされ、レオリオは不満そうにクラピカが
見ているガラスケースの中身をのぞきこむ。
「何だよ……アクセサリーも欲しいのか?」
「─── もう少し顔を隠せないものだろうか…」
レオリオの問いには答えず、クラピカは独り言のように呟く。
どうやら、見ているのは陳列された宝飾品ではなく、ケース内部に設置
された鏡に映る自分らしかった。
「あ、化粧品売り場なら向こうの奥に───」
「また殴られたいか」
静かながらも迫力のこもった声で言われ、レオリオは渋々黙り込む。
クラピカはしばらく前髪をいじったり帽子の鍔を下ろしたりしていたが、
不意にその動きを止めた。
その目は、鏡に映る自分の隣に並ぶレオリオに向けられている。
「─── レオリオ」
突如、クラピカはレオリオに向き直った。睨むのとはまた違う真っ直ぐな
まなざしで顔を注視している。
「な、何だ?」
「それを貸してもらいたい」
「『ソレ』?─── あ、」
返事も待たず、クラピカはレオリオのかけていたサングラスを取った。
そして再びケースに向かい、鏡を見ながらかけてみる。
正直言って、あまり似合わない…というか、サングラスに『かけられている』
状態だ。
それでもクラピカの『顔を隠す』という目的には都合が良いらしい。
「これならいいな。借りるぞ、レオリオ」
「借りるってお前……オレの気に入りのカノレバン・ワラインのグラサンを
だな…」
クラピカの性格や言動には慣れたつもりでいたが、さすがにレオリオも
溜息をつく。
可愛さ余って何とやら、せめて一矢を返したいと思った。
「んじゃ、レンタル料くれよ」
「何?─── こんな物にか?」
「当然だろ。オレは金の亡者だからな♪」
憮然とするクラピカに、レオリオは先刻の意趣返しも込めて わざとらしく
笑って見せる。
『だったら借りない』というのも吝嗇な気がして、クラピカは不本意ながらも
承諾する事にした。
「…いくらだ」
「そうだなあ、とりあえずココんとこにチュウ一回でいーぜv」
レオリオは悪戯っぽく笑い、自分の唇を指差す。途端にクラピカの眉が
キッと吊り上った。
そしてクルリと身を翻し、スタスタと階段を上り始める。
「おい、怒ったのか?冗談だよクラピカ、待てってば───」
レオリオは慌てて後を追う。と、突然クラピカが振り返り、2段下に立って
いる彼の肩を掴み寄せた。
ふいにレオリオの視界が暗く翳る。
「─── !………」
いきなり唇をふさがれ、レオリオは目を見開いたまま硬直した。
数秒の後、クラピカが離れてから ようやく事態を理解する。
「ク……クラピカ?」
「レンタル料だ。確かに払ったぞ」
照れ隠しなのか、少し怒ったような口調でクラピカは再び歩き出す。
なかば呆然とその背を見ながら、レオリオは余韻の残る唇に指で触れる。
(普段と違う姿になると、普段と違う事もできちまうのかな……?)
言ってはみたが、実行してもらえるとは思っていなかったのだ。なんだか
信じられないが、とても嬉しい。
「何をしているのだ、レオリオ。行くぞ!」
可愛い恋人の呼び声に、レオリオは階段を駆け上がる。そして背後から
クラピカの肩を抱き寄せるように腕を回した。
「……何をする」
「敵の目を欺くんだろ?フツーのカップルのフリしてりゃ、誰も疑わないぜ♪」
半分は正論。しかし半分は確実に楽しんでいるレオリオに、多少の不満を
覚えながらも、クラピカは彼の腕をふりほどこうとはしなかった。
─── たまには『変装』も良いかも知れない。いろんな意味で。
偽のカップルを装う、実は本物のカップル。
二人は違和感なく街の景色に溶け込んでいた。 |