「誓い」       
    

買い物を終え、変装を済ませたクラピカとレオリオは再び車に乗り込み、
街に出た。
─── レオリオ、止めろ」
雨に煙る市街を走行する中、クラピカは不意に停止を要求する。
「どうした?」
路肩に車を寄せながらレオリオは問う。車窓の外にそびえる建物を
見つめながら、クラピカは答えた。
「……寄りたい場所があるのだ」


降り立ったのは墓地の隣接する教会。
落ち続ける雨にもかまわずクラピカは歩いてゆき、礼拝堂の扉を開けた。
内部に人の気配は無く、小さな祭壇の前に木製の椅子が並んでいる。
「おい、クラピカ?」
後を追うレオリオの声も聞こえないかのように、クラピカは祭壇の正面に
進む。そしてポケットから銀色の細い輪を取り出し、祭壇の上に置いた。
「……腕輪か?」
「仕事仲間の形見だ」
レオリオの問いにクラピカは静かな声で答える。それはヴェーゼが最期に
身につけていたバングルだった。
「彼女の信仰はわからないが、せめて弔いたかったのだ。……そして、
必ず仇は討つからと……」
─── その仕事仲間が『殺された』事も、殺した相手が蜘蛛だった事も、
訊くまでも無い。クルタの同胞だけではなく仕事仲間の無念も背負った
クラピカの決意が、レオリオには痛いほど伝わって来る。
旅団への恨みは深くなる一方だ。クラピカは復讐の為に、いつか己の
誇りどころか命まで捨てかねないのではないか?
「クラピカ……」
胸を占める不安を打ち消すように、レオリオはクラピカの肩を抱き寄せた。
ようやく再会できたばかりなのに、今にも消えていなくなってしまいそうな
気がする。

『死なないでくれ』と言うのは容易い。だがその言葉を口にしたくなかった。
─── かつて何度もそう言って、何度も『大丈夫だよ』と言われたのに、
亡くしてしまった存在があるから。
もう二度と、あんな思いはしたくないのに。

「……レオリオ、苦し…」
困惑したような声が聞こえ、レオリオは我に帰る。
「…あ、悪ィ」
無意識の内に、抱きしめる腕に力が入っていたようだ。ようやく気づいて、
レオリオは手を離す。
クラピカには彼の心情が察せられた。確かに、自分もいつ殺されるか
わからない身の上。
『死』は今でも恐れていないけれど
─── ……
「……レオリオ」
クラピカは左耳に着けていた耳飾りをはずして差し出す。
「これを持っていてくれないか」
「……!」
レオリオにはその申し出に驚いた。
─── まるで形見分けのような行為。あまりにも不吉で、硬直したまま
クラピカを見つめる。
予想通りの反応に、クラピカは苦笑しながら説明した。
「勘違いするな。これは我が母から譲り受けた大切な形見の品。この先、
戦闘になってどこかで失いでもしたら困るからな。しばらく預かっていて
もらいたいだけだ」
─── ……」
理屈は通っているが、やはり良からぬ印象を否めない。できれば受け
取りたくは無かった。
「頼む。レオリオ」
─── ……後で必ず取りに来るんだな?」
「ああ、もちろん」
「……わかった。けど、その代わり
───
レオリオは自分の胸元を探る。
「交換だ。クラピカ、こいつを持ってろ」
─── え?」
そう言って差し出されたのは、琥珀が乗ったネクタイピン。銀製の台は
新しそうだが、石は年代物のように見えた。
「お袋の形見の指輪を加工して作ったんだよ。安物だけど、オレにとっては
大事な物だ」
「そんな大切なもの、預かるわけには……」
「イヤなら、オレも預からねぇ」
「…………」
クラピカは困ったようにレオリオと、彼の手の中のタイピンを見つめる。
耳飾りを渡そうとしたのは万一の事を考えたからだが、やはりレオリオ
には見抜かれていたか。
─── 身近な者の生死に関わる事には、本当に敏感な男だから───
「……わかった。預かろう」
「必ず返せよ」
「承知」
二人は耳飾りとタイピンを交換する。言葉にできない約束のように。
そしてもう一度、レオリオはクラピカを抱きしめた。

不安の影が心を侵食する。
このまま戦いから遠ざけてしまいたい。
でないと、また喪ってしまうような気がした。
初めて手に入れた至上の存在を……


─── レオリオ」
レオリオの胸中を悟り、クラピカは口を開く。
「私は死を恐れないが、命が惜しくないわけではないのだよ
「……クラピカ…」

「……何時如何なる時も心すこやかに…すべての同胞とこの喜びを
分かち合い…悲しみを分け合い…クルタの民を永遠に讃えよう……
この紅き瞳の証とともに……」
ふいに流れ出た呟きに、レオリオは顔を上げてクラピカを見る。
「…なんだ?それ」
「クルタの祈りと宣誓の言葉だ。偽証だと思われては困るからな」
クラピカはまっすぐレオリオの瞳を見つめて微笑する。その表情に
偽りの影は存在しない。
レオリオはつられるようにフッと笑い、クラピカを見つめ返す。
「オレはガキの頃から不信心で、教会にもロクに通ってねえから、
その類の文句には疎いんだよ」
「お前らしいな」
「でも、言葉は知らなくても行動は知ってるぜ」
「え?
─── …!」
突如クラピカはレオリオに引き寄せられた。次の瞬間、唇をふさがれる。
─── ……っ、…何をする、いきなり!!」
不意打ちをくらったクラピカはレオリオの肩を押し返し、抗議の目を
向ける。しかしレオリオはクラピカを腕から離そうとしない。
「オレにできるのは、こんなことくらいだけだからな…」
「……レオリオ?」
クラピカは少し沈んだ声音に気づく。普段の彼の、からかい混じりの
明快な口調とは違っていた。

レオリオにとって、母親の形見より何より 一番大切なのはクラピカだ。
自分が守れるものなら守りたい。だが現実には不可能で、その事実を
悔しく思う。

常にそばにいて、いざという時『盾』になる事はできるが、もしもそれで
自分が死んでしまったら無意味だ。遺された者の悲哀や苦悩は誰よりも
よく知っている。愛する者を遺しては、絶対に死ぬわけにはゆかない。
その為にも、力が欲しかった。
クラピカを守る為に誰にも傷つけさせない為に。そして、決して失わない
為に。


─── 二人で一緒に生きてゆきたいから───

天井を打つ雨音が礼拝堂の中に響く。世間の喧騒や謀略からいっとき
離れ、二人だけで過ごしている今の時間、『嵐の前の静けさ』を実感
しているのかも知れない。

「…いつでも、何があっても、お前にはオレがいる。それを忘れるなよ」
「レオリオ……」
─── 言葉でなくとも想いは通じる。胸が熱くなるのを自覚しながら、
クラピカはレオリオの顔に両手で触れた。
そして唇を重ねる。

これは誓いの儀式。
愛しく大切な、神聖な瞬間。これを最後にしたくないから。
この先も、いつまでも、続いてほしいという願いと共に、心から祈る。




  
 ───今此処にいる奇跡をクルタの祖に感謝する。
  
   そして 
我の悲願の成就のその時まで永らえんことを…………




END    

ゴン黙殺小説第二弾(笑)