「Pの気持ち」
 

ハンター試験が終了した直後から、ポックルは密かに人探しを
始めていた。
どうしても もう一度会いたい人がいる。その為に入手したての
ハンター証を駆使して、出国記録を調査した。
幸いにも、求める名前は見つからず、まだ国内に滞在しているのは
確実。
ポックルは宿という宿の宿泊記録を片端から調べ、ようやく発見に
至った。


(みつけた……)
若者向けのショッピングモールの一角にあるオープンカフェで、
一人の少女がお茶を飲んでいる。
彼女の名はポンズ。ポックルとはハンター試験の途中まで一緒
だったが、当時とは違って 女の子らしい可愛い服装をしており、
トレードマークだった帽子は無い。
ポックルは溜息をつく。幻獣ハンターを目指しているだけあって
目には自信があったのに、なかなか彼女を発見できなかったのは
帽子を目印にしていたからなのだ。
気を取り直し、改めて深呼吸する。そしてさりげなく歩き出し、
わざとポンズの目の前を横切った。
「─── あら!」
自分を認識する声を確認し、ポックルは顔を向ける。ポンズの
大きな瞳と目が合った。
「やあ」
まるで、たった今 彼女の存在に気づいたかのようにポックルは
挨拶をする。
あくまで偶然を装って。
「久しぶりねー。買い物?それとも観光?」
「まあね。…一人?」
「見ての通りよ。ね、座らない?」
内心で万歳をしながら、ポックルは誘われるままポンズの向かいに
腰掛けた。


二人とも今は、試験中のような張り詰めた気構えは無く、ごく
自然に日常的な挨拶をかわす。
「いつもかぶってた帽子が無いから、見違えちゃったよ」
「ああ、あれね。お気に入りだったんだけど、あたしのかわいい
ボーイフレンドたちと一緒に、ゼビル島に置き忘れて来ちゃったの」
「……ボーイフレンド?」
ふとコーヒーを混ぜていたポックルの手が止まる。一瞬その表情に
不安と落胆の色が浮かんだ。
「企業秘密なんだけど、もう隠す必要無いから言っちゃうわね。
実は帽子の中にシビレヤリバチの軍団隠してたのよ。彼らが
あたしのナイトだったの」
「……あぁ、そうなんだ…」
今度はホッとした顔つきに変わるポックルを見て、ポンズは
可笑しそうに笑った。




「─── そっか。合格したのね。おめでとう」
「うん。ありがとう」
ポンズの興味はやはりハンター試験にあるようで、最終試験の
内容や合格した者たちの事をいろいろ訊いて来る。
ポックルは不合格だった彼女に、自分だけ合格をひけらかすような
真似はしたくなかったのだが、夢に憧れる少女特有のキラキラした
まなざしで問われては 答えぬわけにはゆかなかった。
ただ、自分が一度もまともに戦わず不戦勝で合格した事だけは
黙っていたけれど。
「やっぱりハンター試験はすごいわ。あたしも、第四次試験に
受かってても最終で落ちたかも知れないわね」
「そんなことないよ。ポンズなら来年絶対受かるって」
「ありがとう。もちろんそのつもりよ。…そうだ、ハンターライセンス
もらったんでしょ?ちょっと見せてくれない?」
「え……」
ポックルが一瞬躊躇したのをポンズは見逃さず、片目をつぶって
笑う。
「心配しなくても、盗ったりしないわよ」
「そ、そんなこと疑ってないよ」
慌てて否定し、ポックルはハンター証を取り出す。それは袋に入れて
首から下げ、服の下に隠されていた。
「厳重なのねえ」
「そりゃあ、オレの宝だから」
渡されたライセンスを手に取り、ポンズはしげしげと眺める。
その表情は明らかな羨望と憧憬で、ポックルはこれが再発行可能な
物ならば、彼女に贈りたいとさえ思ってしまった。
ひとしきり観察した後、ポンズはハンターライセンスをポックルに返す。
「はい。貴方の宝、返すわね。見せてくれてありがとう」
「……うん」
受け取りながら、ポックルはどこか申し訳無い気分になる。
運だけで合格した自分よりも、少女の身で、たった一人で第四次試験
まで勝ち抜いたポンズの方がハンターにふさわしいのではないかと
思って。

「気にしなくていいのよ」
「 ─── えっ?」
心を読まれたような言葉に、ポックルは反射的に彼女の顔を見た。
「あたしはゼビル島で、自分から諦めたんだもの。その代わり、来年
絶対に受かってみせる。今年は立派な先輩ができたって誇りに思って
るんだから」
「……ポンズ…」
ポックルの胸がズキリと痛む。ポンズの明るい笑顔も優しい言葉も、
逆に責められている気がした。いたたまれない思いで俯いてしまう。
「…違うよ…」
「え?」
彼女を騙しているような罪悪感に耐えられず、ポックルは口を開く。
「―――オレは全然立派な先輩なんかじゃない。ただ運が良かった
だけなんだ…!」


ポックルは最終試験の実態を話した。


最初の対戦相手には、命惜しさから短時間で白旗を揚げた。
次に対戦した相手には、戦う気も起きないからと試合放棄された。
そして次の相手と対戦する前に不合格者が出た為、自動的に合格
した。

とうてい実力とは言えない不完全であっけない結末。
割り切ったつもりでいても、改めて思い返すと、あまりにも情けなくて、
恥ずかしい。
─── 呆れられるかも知れない。バカにされるかも知れない。
嫌われるかも知れない。
悪い想像ばかりを巡らせてしまい、ポックルは顔を上げられなかった。


「─── 別にいいじゃない、それで」
「!?」
予想外の言葉に、思わずポンズを見る。彼女の口から出たのは
同情でも軽蔑でも無かった。
「不正行為があったわけじゃなし、何を気にする必要があるの?
むしろ運命が味方してくれたなんて、素敵な事だと思うわよ」
「………」
あっけらかんと当然のように言われて、ポックルは呆然とする。
「大切なのは、これからでしょ。済んだ事より先の事を考えなさいよ。
―――ね?」
「ポンズ……」
にっこりと笑うポンズの顔がまぶしい。ポックルの心の片隅に燻って
いたものが一気に消滅した気がした。

「─── じゃあ、あたしそろそろ行くわね。今夜の飛行船で故郷に
帰るの」
そう言ってポンズは立ちあがる。
「ポックル、ハンター業がんばってね。応援してるから」
「あ、ポンズ……ちょ…ちょっと待ってくれ!」
ポックルはポンズを引き止めると、持っていた荷物の中から一つの
箱を取り出した。
「あの……これ、…えーと、せ、餞別…」
「―――あたしに?」
ピンクのリボンがかけられたそれは、明らかにプレゼント包装。
「…開けていい?」
ポンズはその場で箱を開ける。出てきたのは、淡いパステルカラーの
帽子だった。
丸い鍔とコサージュがついたキュートなデザインは、見るからに少女
仕様。
「実は……試験合格記念に何か買おうと思って、ネットショッピングを
したら、間違って違う商品が届いてさ。返品しようと思ってたんだけど…
君に似合いそうだから、良かったら……」
真っ赤になってしどろもどろのポックルを見ている内、我慢できずに
ポンズは吹き出した。
彼の見え透いた嘘が可愛いらしい。同時に嬉しくて、心がホワンと
暖かくなってゆく。
「な…なんだよ」
クスクスと笑い続けるポンズに、ポックルは少し拗ねたような視線を
向ける。
「いらないのなら……」
「そんなこと言ってないでしょ」
帽子を取ろうとするポックルの手をかわし、ポンズはそれを頭に
かぶった。
「気に入ったわよ。すごく嬉しい、このままかぶって行くわ。ありがとう、
ポックル」
それを聞いて、ポックルはようやく照れくさそうに、嬉しそうに笑った。
直後、席を立つポンズが伝票に手を伸ばすのを見て、慌てて取り上げる。
「オレがおごるよ」
ポンズは素直に彼の申し出を受けた。
どうせなら最後までカッコよく決めさせてあげたいと思ったから。


カフェを出ると、ポックルはポケットからメモを取り出した。
「これ、オレのホームコード。困った事とかあったら連絡してくれよ。
何でも力になるから」
「ありがと。じゃあ交換ね。これ、あたしのホームコード」
受け取ったナンバーを電子メモリーに記録しながら、ポックルは心の中で
ガッツポーズを決める。
「それじゃ、空港は向こうだから」
「…あ、……うん。気をつけて」
意識的に作った笑顔で手を振りながら、ポックルは別離を実感する。
今度、彼女と会えるのはいつだろう?
外巻きの髪が揺れながら遠ざかるのを寂しく見送り、それでも彼女の
頭上に自分が選んだ贈り物が乗っているのを嬉しく思う。
─── 次の瞬間、ポンズがくるりと振り向いた。

「空港までは遠いんだけどな」
「?」
不思議そうに立ち尽くしているポックルに、ポンズは悪戯っぽい
瞳を向ける。
「ポックルはハンターでしょ?」
「…??」
「あたしはナイトもいない、かよわい女の子よ?」
「─── …!」
ポックルはハッと目を見開いた。同時に駆け出し、少し頬を赤くした
笑顔でポンズの正面に立つ。
「送って行くよ」
「ありがと」


仲良く並んだ二つの帽子は、楽しげに雑踏の中へ消えて行った。
   
 END
旧ハンターアニメの「軍艦島」を観ていなければ
思いつきもしなかったカップリングですな(笑)