「Blue Rain」
    


つい先刻まで晴れていた空が、にわかに曇ったと思ったら、
あっという間に大量の雨粒が降り始めてしまった。




「……ゴンとレオリオは大丈夫だろうか」
ホテルの部屋から窓の外を眺めながら、外出中の二人を案じて
クラピカはポツリと呟く。
それを聞きとめて、備え付けのTVゲームに興じていたキルアが
返答した。
「あいつらの事だから、どっかでやり過ごしてるよ。それに、この
程度の雨に当たったからって、どうにかなるほどヤワでもないし」
「…そうだな」
もっともな言葉に微笑して、クラピカはソファに腰掛ける。そして
手持ちの本を読み始めた。




  雨天の日は普段より、なぜかとても静けさを感じる。
  窓ガラスを打つ雨音以外は何も聞こえない。
  同じ室内にいる相手の存在感さえ遠い気がした。




暇つぶしに始めたTVゲームはキルアには物足りないレベルで、
あっさりとクリアしてしまう。一度終了すると、また繰り返す気には
なれなかった。
複数での対戦も可能だが、クラピカが相手をしてくれるとは思えない。
それでも一応、チラリと背後を振り向いた。
(あれ…?)
読書しているとばかり思っていたクラピカは、本を手にしたまま
ソファに深くもたれ、目を閉じている。どうやら眠っているらしく、
キルアは少し驚いた。
クラピカのこんなに無防備な姿を目にするのは初めてだったから。
何かとても珍しいものを見た気がして、キルアはそっと近づいてみる。
ただ瞳が閉じているだけなのに、ずいぶんと印象が変わるものだ。
まるで同年代のように幼く見える。
規則正しい穏やかな呼吸は、気を許している証。普段の毅然と
した面影は、今は皆無だ。
好奇心のまま、キルアは更に近づいた。もちろん起こさないよう、
気配は完全に消して。
改めて見るとクラピカはとても綺麗だ。細い金の髪、陶磁のように
白い肌。伏せられた睫は長く、その顔立ちは人工造形物の如き
端正さで。
(…そういえば、アルカがこんな感じの人形持ってたっけ)
母親が妹に与えた西洋風のアンティークドールを思い出す。
目の前で眠るクラピカと、どことなく似ていた。
(人形みてー……)
少し開いた唇から漏れる吐息だけが生命の宿りを思わせる。
繊細で優美な、生きた人形。
悪戯心にも似た衝動が湧き上がり、キルアは顔を近づけた。
その淡く色づいた唇に。


「…… … … … ……」


触れる直前、クラピカの唇が微かに動いた。キルアはハッと目を
見開き、動きを止める。
それは常人なら聞き取れない程度の発音だったが、生憎とキルアの
耳にはハッキリと届いていた。
(─── チェ)
つまらなさそうに内心で舌打ちし、キルアは身を離す。そして元の
ソファに寝転がった。
別に本気で手を出すつもりは無かったが、その気も萎えてしまうでは
ないか。
─── 他の男の名など呼ばれては。




(雨……止まねーかなー……)
キルアは窓の外を睨みながら、雨に閉ざされた空間を恨めしく思う。


  雨天も曇天もキライだ。故郷の暗い空を思い出すから。


不快な記憶を振り払うように、キルアは目を閉じた。
  


 
 END   
Blueは青、そして憂鬱という意味もあるのです。